| この素晴らしい世界に祝福を! 8 アクシズ教団VSエリス教団 【電子特別版】 | |
| 暁 なつめ | |
この素晴らしい世界に祝福を! 8
アクシズ教団VSエリス教団
【電子特別版】
暁 なつめ
角川スニーカー文庫
本作品の全部または一部を無断で複製、転載、配信、送信したり、ホームページ上に転載することを禁止します。また、本作品の内容を無断で改変、改ざん等を行うことも禁止します。
本作品購入時にご承諾いただいた規約により、有償・無償にかかわらず本作品を第三者に譲渡することはできません。
本作品を示すサムネイルなどのイメージ画像は、再ダウンロード時に予告なく変更される場合があります。
本作品は縦書きでレイアウトされています。
また、ご覧になるリーディングシステムにより、表示の差が認められることがあります。
文化祭もロクに参加しなかったこの俺が、まさか異世界で祭りの手伝いをするとは思わなかった。
普段はその存在自体を恐れられるアクシズ教徒達も借りてきた猫の様に大人しい。
彼らもそれだけ、この祭りに賭けているのだ。
目の前の光景に、俺は思わず感嘆のため息を吐く。
あちこちにかがり火が焚かれた異世界の祭りは、とても幻想的だ。
そんな幻想的な祭りの中に、日本では当たり前だが異世界では場違いな光景が広がっていた。
それは懐かしの日本の出店。
異世界の住人達が思い思いに店を出し、皆が心の底から祭りを楽しんでいるのが良く分かる。
この祭りが一年を通してほんの数日の間だとしても。
ここでは獣人もエルフもドワーフも。
そして、アンデッドや悪魔や女神でさえも。
「カズマさんカズマさん。私、このお祭りが開けて良かったわ」
楽しげに祭りを見ていたアクアは、ふとこちらを振り返り。
「アクシズ教団を助けてくれて、ありがとうね」
幻想的な祭りを背景に無邪気な笑みを浮かべ、いつになく素直な事を言ってきた。
1
自分で招いておきながら、この状況はどうしたものか。
ここはアクセルの街の外れにある、こぢんまりとした喫茶店。
そして今。
俺の目の前では、笑顔で固まったまま動かないクリス......、ではなく。
「こんな所で何やってるんですかエリス様」
俺にその正体を看破された、女神エリスがそこにいた。
──借金のかたに嫁入りさせられそうになったダクネスを俺が華麗に救出したその翌日、アクセルの領主アルダープが突然謎の失踪をした。
それに合わせるかの様にして、今まで隠していた不正の証拠がなぜか次々と湧き出し、アルダープの悪行が明るみに出る。
結果、アルダープの財産は全て没収となり、それらはこの街を治める事になる次の領主に引き渡された。
次のアクセル領主はダクネスの親父さんだ。
それに伴い、俺が肩代わりしたダクネスの借金やその他のお金......、たとえば魔王軍幹部ベルディアから街を守った際に壊した街の修理費や、機動要塞デストロイヤーから守った際に壊した領主の屋敷の修理費など、そういったものまでもが特別に返ってくる事となった。
以前ダクネスとお見合いをした、バルターとかいったアルダープの息子は悪事に関わっておらず、お咎めなしとして、今後はダクネスの親父さんの補佐をする事に。
未だ体調が回復しきっていない親父さんに代わり、臨時としてダクネスが領主代行を務める事になったのだが、肝心のワガママお嬢様は俺が付けてやった新しいあだ名が気に食わないのか、現在も自分の屋敷に引き籠もったまま出てこない。
アクセルの街に帰ってきたクリスに、そんな今の状況を説明していたのだが......。
「──エリス様じゃないよ、クリス様だよ」
何となくクリスとエリスは同一人物なんじゃないかと思い至り、ふとカマを掛けてみたのだが、クリスは笑顔をこわばらせたまま、わけの分からない事を言い出した。
そんなクリス......、いや、エリスに。
「いやいや、前からちょっと気にはなってたんですよ。その姿の時のエリス様は、先輩であるアクアの事だけさん付けしますよね? ダクネスやめぐみんの事は呼び捨てなのに」
「............あたしは盗ってきたお金を教会に寄付する様な、信仰心溢れる清く正しい義賊だからね。アークプリーストであるアクアさんの事を呼び捨てになんて出来ないんだよ」
目を泳がせ、ごまかす様にぽりぽりと頰の傷痕を搔きながら、無理のある事を言い出したエリスは。
「エリス様って困った時にそうやって、頰を搔くクセがありますよね」
俺の一言に、搔いていた指の動きを止める。
「もう一回聞きますけど、本当に、こんな所で何やってるんですか?」
黙り込んだエリスに俺が改めて問うと。
「......ふふ、さすがですねサトウカズマさん。いいえ、それでこそ私の助手君と言えるのでしょうか」
突然立ち上がったエリスは、まるで名探偵に犯行を暴かれた犯人のごとく、観念したかの様に小芝居を始める。
「そう、あなたの予想通りです。ある時は冒険者。またある時は義賊の頭領。またある時は、ダクネスの友人の一人......。しかして、その正体は......!」
「意外とノリノリですねエリス様」
「......カズマさんの方は意外と冷静ですね。......バレてしまっては仕方がありません。ここで、全てを話しましょう──」
エリスはそう言って座り直すと、今までの言動とは打って変わり、真面目な表情で言ってきた。
その真剣な表情は既に俺の知るお頭ではなく、この世界で崇められ最も信仰されている女神、エリス。
そんなエリスに対し、俺は......。
「しかし、まさかお頭がエリス様だなんて思いもしませんでしたよ、性格や言葉遣いだって違いますし。あっ、まず謝っておくと、初対面の時にエリス様の下着奪ってすいません」
「......」
真面目な空気などまったく読まず、初対面でやらかした事を謝った。
エリスは何か言いたげな複雑な表情を浮かべ、無言で口元をむにむにさせる。
「思い起こせば他にもヒントはありましたもんね。昔、俺達がキールのダンジョンってとこを攻略に行く際、お頭に盗賊スキルを教わりにいった時、俺にこう言いましたよね。『昔世話になった先輩に、理不尽な無理難題を押し付けられて急に忙しくなった』って」
今になって思えば、急に忙しくなった理由も分かる。
「あれって冬将軍に殺された俺を、アクアが無理やり生き返らせた後始末で忙しくなったんですよね? ......あっ、もう一つ謝っておかないと。侵入してきたエリス様を捕まえる際に、何度も体まさぐってすいませ」
「いいですから! その事はもういいですから! ていうか、いちいち思い出させなくていいですからっ!」
頰をほんのり赤くしたエリスは、バンバンとテーブルを叩いて遮った。
そして小さくため息を吐き辺りを見回すと、小声で囁きかけてくる。
「この姿の時にエリス様は止めてくださいカズマさん。......いいえ、助手君。言葉遣いもよそよそしい敬語より、今まで通りの雑な感じでいきましょう。私の事は、クリスとして扱ってください」
「......クリスがそう言うのなら構わないけど。それじゃあそろそろ、俺からも聞いていいか? わざわざ地上に降りてきて何してんの? 何で女神様が盗賊なんてやってんの? っていうか、どっちの口調と性格が素なの?」
「ま、待ってください、一度にそんなに聞かれましても!」
クリスはもう一度辺りを見回すと、こほんと咳をし顔を引き締め。
「それじゃあ、改めて......。あたしが地上に降りてあちこちで活動してるのは、神器探しが理由の一つかな」
神器。
それはこの世界に送られる人々に与えられた、強い力を持つチートアイテム。
所有者を失った神器を回収し、この世界にやって来る人達に再びそれらを与える事。
それが、地上で活動している主な理由らしい。
「なるほど、だから神器を回収しやすい盗賊職に就いたわけか。しかし、毎日食っちゃ寝してるもう一人の女神と違って、真面目に働いてるんだなあ......。理由の一つって言ったけど、他にも理由が?」
俺がそう尋ねると、クリスは真剣な表情をちょっとだけ崩し。
「仲間が欲しいって願ったお嬢様と、友達になる事かな......」
そう言って、恥ずかしそうに小さく笑いながら頰の傷をぽりぽり搔いた。
以前ダクネスの親父さんが言ってたな。
冒険者になったダクネスは毎日エリス教会に通い詰め、冒険仲間ができますようにとお願いしていた、と。
そして、ある日の教会からの帰り道にクリスと出会ったと聞いた。
「......なんていうか、エリス様って本当に女神ですね」
「エリス様は止めてってば! ......ま、まあ、あたしもダクネスと冒険するのは楽しかったからね。あたしの正体に関しては二人だけの秘密だよ? 特に、ダクネスにだけは絶対に知られない様にしてね?」
クリスは照れながら頰を搔き、そっぽを向きながら言ってきた。
中身がエリスだと知ったからだろうか、なぜかそんな仕草の一つ一つも可愛く見える。
これが女神補正というやつか。
しかし、死者の導きに神器探し、自分の信者と友達に......って、本当に働き者だ。
俺が死んだ際にスナック菓子食ってたもう一人の女神に見習わせたい。
「それじゃあ、どっちの口調と性格が素なのかって最後の質問だけど」
クリスは、イタズラを仕掛けるみたいな挑発的な表情を浮かべ。
「クリスとエリス、どっちが好み?」
「どっちも好きです」
「えっ。......お、おう......そ、そうかい。迷いもせずに言い切られるとは思わなかった。キミってさ、もうちょっとこう、告白的なものに躊躇する人だと思ってたよ」
目を泳がせたクリスが、テーブルの上にあった塩の瓶を、開けたり締めたりと挙動不審な動きを見せた。
「いや、告白ってつもりじゃなく単に好みの話をしたつもりなんだけど......。ボーイッシュなお頭に、癒やし系のエリス様。何ていうかどっちも捨て難いかなって。......あっ! 日替わりでクリスとエリスになってもらえば、結果的に二人と付き合う様なもんじゃないか! 一粒で二度美味しい的な! さすがエリス様、一人ハーレムが可能だなんて凄い、ぜひ俺と付き合って......」
「最低最低! キミってやっぱ最低だ! あとエリス様って言わないでってば!」
クリスが投げつけてくる塩の瓶を受け止めながら、俺はこのやり取りに安堵感を覚えた。
どうしてだか、相手がエリスだと分かっていると好きだとか付き合ってだとかを気軽に言えてしまう。
相手が手の届かない存在であるはずの憧れの女神、エリスだから?
それとも、一緒に盗賊団なんてバカな事をやった間柄である、友達感覚のクリスだから?
どちらの理由かは分からないけど、この妙な関係はとても心地が好い。
「はあ......。まったくもう、せっかく隠していた正体を明かすっていう盛り上がる場面なのに台なしだよ......」
「もう既に嫌な予感しかしないんだけど、まさかまた神器探しに付き合えってんじゃないだろうな」
警戒気味の俺に向け、クリスがにかっと笑みを浮かべ。
「さすがは助手君、理解が早いね! えっとね、今狙ってる神器は聖鎧アイギスって言ってね。聖盾イージスとセットの神器だったんだけど、今回鎧の方だけ見つかって......」
「聞きたくない聞きたくない、もう危ない橋は渡りたくないんだよ! なんていうかこう、最近はめぐみんともちょっと良い感じだし、ダクネスだってなんか俺を意識してるみたいだし! 大金入って働く必要もないし、このまま皆とイチャつきながら退廃的な生活を送りたいんだ!!」
「キミってやつは、ついさっきあたしに付き合ってって言ってきたクセに何を口走ってんのさ! ねえ、これはキミにしか頼めないんだよ! あっ、こらっ、耳を塞がないでよ、お頭命令が聞けないの!?」
耳を塞いでテーブルに伏せる俺をゆさゆさ揺すり、クリスが喚く。
騒がしい俺達に、少ない客や店員の視線が集まった。
その視線に気付いたのか、クリスがやがて静かになる。
ようやく諦めたのかと思い、ゆっくりと顔を上げると......。
「サトウカズマさん、お願いです......。どうかこの世界のために協力してはもらえませんか......?」
そこには、祈る様なポーズでこちらを見つめる女神エリス......ではなく、エリスの物憂げな表情をたたえたクリスがいた。
......ズルいですよエリス様。
2
──と、そんな経緯でクリスから依頼を受け、それからしばらくしたある日の事。
俺の屋敷の広間において。
「諸君。人というものは会話が成り立つ種族である。我輩と話をしよう」
両腕を強力な呪縛ロープで縛られ、広間の中央で正座させられているバニルが言った。
その両脇には、あと数センチも近付けばくっついてしまうぐらいの至近距離で、それぞれアクアとウィズがしゃがみ込み、眉間にしわを寄せながらバニルの顔をジッと見ている。
そんなバニルの前では、ずっと自分の屋敷に引き籠もっていたものの最近ようやく出てきたダクネスが、顔をしかめて腕を組み、仁王立ちしていた。
アルダープに無理やり結婚を迫られていたダクネスは無事帰ってきた事だし、今までの金も返還された。
なので、俺としてはもうその件はめでたしめでたしで良かったのだが......。
「あの騒動で一番得したのってあんたなのよねー。カズマから色んな商品を安く買い取れてよかったわね。......聞いたわよ? カズマから手に入れた知的財産権を高額で転売して、すんごい利益を出したそうじゃない。あんた、こんな回りくどいやり方じゃなく、もっと簡単な解決方法も知ってたんでしょ。本当の事言ってみなさいな?」
ゼル帝と名付けたにわとりの卵を、大切そうに抱き締めたアクアが言った。
「バニルさん、私に内緒でなんて事をしてくれたんですか? カズマさんから知的財産権を安く買い叩いて売り払った? 信じられない......! ああっ、もうどうしよう! 金庫にあったあの大金が、まさかカズマさんの足下を見て巻き上げたお金だっただなんて......! 返そうにも、もうお金が......っ!」
ウィズが顔を覆いながら、申しわけなさそうに謝ってくる。
ウチのバニルさんがごめんなさい、ごめんなさいと謝る姿に、何だかこちらこそ申しわけない気持ちになるが......。
「おい落ち着くのだヤクザ女に穀潰し店主よ。まあ、他にも解決方法があるにはあっ......た......が......? ......いや待て天災店主、今なんと言った? 金庫に入れておいたあの金はどうした。今回はおいそれと使いきれる額ではないぞ」
アクアやウィズを宥めていたバニルが動きを止める。
顔を覆っていたウィズはバッと顔を上げるとパアッと顔を輝かせ。
「あれですか! 褒めて下さいバニルさん、実はですね、店番をしていましたら、私のお得意さんがマナタイト結晶を大量に持って来てくれまして。相場の半分で売ってくれるというので、金庫のお金で買えるだけ買いましたよ! 今回は本当に良い買い物をしました! 私が見たところ、あの魔力からして間違いなく最高純度のマナタイトですよ!」
マナタイトというのは、結晶の質に応じてそれに相当する魔法を一度だけ肩代わりしてくれる物だ。
ただでさえ高価な上に使い捨て。
なので、駆け出し冒険者が多いこの街ではそんな最高品質のマナタイトの需要なんてもちろんない。
それを聞いて呆然とするバニルがちょっとだけ気の毒に思えてきた。
そのバニルに、俺もなんとなく聞いてみる。
「まあ、俺はお前がそこまで色々仕組んでたとは思ってないんだが。一応聞いときたいんだけど、アクアの話だとダクネスの親父さんは悪魔に呪いを掛けられてたって事らしいんだよ。......で、この街には悪魔なんてお前しかいないんだよな」
そう、これこそがバニルに疑惑の目が向けられた理由なのだが......。
「フハハハハ、我輩が人の命を奪いかねない呪いなど掛けるはずがあるまいて! あの呪いを掛けたのは、おかしな言動ばかりする、頭がぶっ壊れている事で有名な大悪魔である」
「まさしくお前の事じゃないか」
アクアとウィズが、その言葉にバニルの両肩をガッと摑み、今回の件で父親に呪いを掛けられたダクネスが無言で一歩前に出た。
「待て貴様ら、この紳士的な我輩がおかしな言動をする壊れた悪魔に該当すると申すか。よし、話し合おう! 確かに今回の件で回りくどい事をしたのは認めよう。あの領主が目の前で花嫁を奪われる悪感情を食したいがために、こんな展開にしてみたのは認める。だが聞いて欲しい。特に、そこで先ほどから我輩を睨みつけている、今回の件でそこの男を強く意識してしまい、屋敷内での服装が特に薄着になったむす......」
「わあああああああ父の敵ー!」
「こっ、こらっ仮面を! いちいち仮面を折ろうとするなっ! それに貴様の父親はまだ死んではおらんではないか!」
ウィズとアクアに取り押さえられているバニルの仮面を、突如叫んで襲い掛かったダクネスがギリギリとへし折ろうとする中。
それを眺めていた俺の服を、めぐみんがクイクイと引いてきた。
「カズマ、どうやら黒幕はバニルだという事で解決したみたいですし、私は街の外に一日一爆裂に行こうと思います。良かったらカズマも付き合ってくれませんか?」
「そうだな。ここはしばらく収拾つかなさそうだし付き合うよ。帰ってきた頃にはこいつらも頭が冷えてるだろ」
俺はそう言うと、一応の装備を付けてめぐみんと共に出かけた。
3
「──まだカズマに、お礼を言っていませんでしたね」
街から出てしばらく歩き、岩肌の多い山沿いへと向かう道すがら。
俺の隣を歩いていためぐみんが、そんな事をぽつりと言った。
「お礼? 礼を言われる事なんてあったっけ。......ああ、お前が泣かした子供の親に謝りに行ってやった件か? あの事はもういいよ。でもこれからは、名前をからかわれたぐらいでいちいち子供を泣かしたりするなよ?」
「違いますよ、そんなしょうもない事じゃありません! それに、あの件に関して私に非はありませんよ、紅魔族の名をバカにしたあの子供が悪いのです!」
めぐみんが激昂する中、俺達は爆裂スポットに辿り着く。
ここのところ毎日の様に来るこの場所は、めぐみんにとっての穴場らしい。
なんの穴場なのか知りたくもないが、ここにはあちこちに大岩が転がっている。
どうせその辺に爆裂魔法を放つより、大きな岩石に撃って破壊欲を満たしたいとかそんなとこだろう。
道中にモンスターでもいれば経験値稼ぎがてらにぶっ飛ばしてもらおうと思っていたが、こんな時に限って現れない。
「カズマには、ダクネスを助けてもらったお礼を言いたかったのですよ」
山すそに適当な大岩を発見しためぐみんは、そばに近寄りぺたぺたと具合を確かめながら、こちらを見ずに言ってくる。
どうやら今日の標的を見つけたようだ。
「そんな事か。ダクネスには色々貸しがあるんだよ、そう簡単にパーティー抜けられてたまるか。それにお前等の尻拭いするのはいつもの事だしな。礼なんて今更だよ」
俺は肩をすくめながら、大岩から距離を取るめぐみんに軽い口調で言ってやる。
それを聞き、くすりと笑っためぐみんは。
「それでもですよ。いつか紅魔の里でも言いましたが......」
俺に背を向け大岩に杖を構えると、
「やっぱり私は、何だかんだと文句を言いながらも最後には皆を助けてくれる、そんなあなたが好きみたいです」
そんな事をサラリと言っ......。
「......おい、マジでその、世間話みたいな感じでサラッと言うの止めてくれよ。本気で受け取っていいのか分かんなくなるんだよ。お前、こないだもそうだけど、簡単に好きだとか言うなよ勘違いするから。一体何なの? 本気の告白として受け取っていいの?」
内心の動揺を悟られまいと、できるだけ平静を装う俺に。
「さあ、どうなんでしょう。好きな様に受け取ってくれていいですよ?」
こちらに背を向けたままのめぐみんは、そう言ってくすくす笑った。
......こいつ本気で言ってんのか?
それとも、またからかわれてんのか?
いや待て、考えろ佐藤和真。
めぐみんは以前から、俺に対してちょこちょこと好感持ってますよオーラは出していた。
それが今、どうして俺に惚れ直したのかは分からないが、思い当たる事といえばダクネスを助けた件だ。
自分で言うのもなんだが、あの時の俺は確かに格好良かったかもしれない。
うん、まるで恋愛小説にでも出てくる主人公みたいな展開だった。
ダクネスを助けたあの日の夜、頭まで布団を被りながら、大それた事やっちまった処刑されたらどうしようと震えてたが、今にして思えばまさしくヒーローだ。
......というかそもそも、皆と同じ屋根の下で暮らし始めてもう結構な付き合いになる。
そろそろ誰かが俺に対して恋愛感情の一つも芽生えたってちっとも不思議じゃないどころか、むしろ女に囲まれて暮らしてるのに、今までハーレム展開にならない事の方がおかしかったのだ。
言え、言うんだ佐藤和真、勝率は高い、怖くない!
断られる事とか距離を置かれる事はない! ......ないはずだ......!
な、ないよな?
よしいくぞ、大丈夫だ勇気を出せ!
俺は今日からリア充だ!!
「その......めぐみんの気持ちは嬉しいよ。なんだ、俺もめぐみんの事、嫌いじゃな......」
『エクスプロージョン────!!』
4
「さっきからどうしたのですか? 一体何を拗ねているんですか?」
おぶわれたまま鈍感系主人公みたいな事を言うめぐみんが、先ほどから後ろでうるさい。
別に俺はめぐみんの事なんて何とも思ってないし、ぶち壊しにされたってちっとも困らない。
そう、多少顔が良いとはいえ、こいつは年中爆裂爆裂言ってるおかしなヤツだ。
危うく雰囲気に流されるとこだったがそうはいくか。
「カズマ、私が爆裂魔法を唱える瞬間、何を言ったのですか? 爆音で聞き取れなかったのですが、何か大切な事を言おうとした気配がしたのですが」
「何にもないから! 別に、めぐみんの事なんて何とも思ってないからな!」
「何をツンデレみたいな事言って拗ねてるのですか。いい加減機嫌直してくださいよ、屋敷に帰ったら買っておいたプリン、一つ多めに分けてあげますから」
「......二つ多めにくれたら許してやる」
めぐみんに言いながら、俺は屋敷の玄関のドアノブに手を掛けた。
そしてそのままドアを開け。
「二つはダメですよ。アクアやダクネスの分も入れて余りは一つしかないんですから、食べられない人が出てきて......」
めぐみんが、何かを言いかけ絶句した。
......もちろん俺も。
屋敷の中に入ると、そこでは......。
「返してよおおおお! 返して! 私の可愛いゼル帝を返してええええっ!! わああああああっ、返してよおおおおっ!」
「フハハハハハハ! ざまあみろ寝取られ女神め、貴様の大事なペットは......、フハッ......、ああクソッ、こっ、こらっ! 付いて来るでない鳥類め、飼い主の下へ行くがいい!」
そこには、泣きながらバニルの背中をバシバシ叩くアクアの姿と。
......そして絨毯の上には、ウィズとダクネスが白目を剝いて転がっていた。
というか、ウィズに至っては薄く消えかけている。
そして何より、アクアが泣いている原因であろう。
アクアにバシバシと叩かれるバニルの足下には......。
「ピヨッ」
それは紛うことのない一匹のひよこ。
それが、バニルに擦り寄る様にしてその足下にくっ付いていた。
「──で、何がどうしてこうなった」
背負っていためぐみんをソファーに下ろした俺は、アクアとバニルを正座させ説明を求めていた。
経緯は分からないが、ウィズが薄くなりかけダクネスが白目を剝いているという事は、この二人が何かやったのは間違いない。
アクアの攻撃でダクネスがやられる事はないし、バニルの攻撃ならウィズが消えかける事もないだろう。
絨毯の上に正座した二人は同時に互いを指差した。
「「こいつが......」」
全く同じセリフを言いかけ、お互いが至近距離で睨み合う。
アクアは眉根を寄せて歯をギリギリと食い縛って怒りをあらわにし。
バニルは、仮面で表情こそ分からないものの、口元の端を引きつらせていた。
その正座しているバニルの膝には黄色い毛玉が乗っている。
......このカオスな状況、本当にどうしよう。
仕方ないので、一人ずつ話を聞く事にした。
「聞いて! 聞いてよカズマ! 私や皆がこのヘンテコ仮面を尋問してたら、いきなりキレて襲い掛かってきたの! バニル式なんたらって叫んでね! 私は魔法で跳ね返したんだけど、そしたらダクネスがそれに巻き込まれて倒れちゃったから、私も反撃の浄化魔法を唱えてやったのよ! そしたらこいつがウィズを盾にしたせいで、ウィズは変な感じで消えかかって! もうこれはこいつを消し去るしかないって思った矢先にね......!」
なるほど。
分からん。
「フハハハハ、都合の良い事ばかり並べ立てるインチキ女め! この女はな、そこの筋肉娘と裏切り店主と共に、大体無実だと評判の清く正しい我輩を黒と断定! そもそも弁護士がいないこの裁判は無効であり受け入れられず、我輩は正当防衛という名のバニル式殺人光線にて反撃に出たのだ。するとこやつはそれを反射し筋肉娘が巻き込まれ、この理不尽女が仕返しとばかりに魔法を放ってきたので我輩は咄嗟の店主障壁にて事なきを得た。ここは有史以来の決着を付けるしかないと思った矢先......!」
「「ゼル帝が生まれた」」
なるほど。
分からん。
5
──キングスフォード・ゼルトマン。
水の女神の眼鏡に適い、数多ある卵の中から選ばれた、由緒正しきただのひよこ。
「名前は良いな。威厳溢れる立派な名前であるとは思う。我輩に懐くだけの事はあるな」
「当たり前でしょ、誰が付けたと思ってるの。あんたに懐くのが許せないところだけれど、この子は神である私に選ばれし、ドラゴン族の帝王となるべき定めの者よ」
絨毯の上に正座したままのバニルとアクアがそんな事を言い合う中、そのひよこは全く動じる事もなく。
日本におけるひよこと姿形はなんら変わらず。
生まれたばかりで脆弱な存在であるにも拘わらず、神や悪魔を前にしても恐れる事なく、威風堂々と大悪魔の膝に佇み、その悪魔から目を逸らす事もない。
キングスフォード・ゼルトマン。
やがてドラゴン族の帝王になるだろうとの願いを込められ、あだ名をゼル帝。
その、バニルの膝上のゼル帝を俺はひょいとつまみ上げると。
「......で、これどうするんだ。唐揚げにでもすんのか?」
「しないわよ! カズマ、前から思っていたけどあんたは鬼よ! こっちの仮面悪魔の方がまだ人間みを感じる時があるわ!」
「失礼な事を言うな寝取られ女よ。悪辣領主がいなくなった事で、アクセルにおいて鬼畜な事にかけては他の追随を許さなくなったこの男と、子供達の学び舎への登下校時には近所を見回り、わりかし評判である我輩を同列視するな」
ちょっと泣いていいかな。
......しかし、大体分かった。
つまり、アクアとバニルが争っている時にゼル帝が生まれ、最初にバニルを見て刷り込みを起こしたのか。
俺が両手で包み込む様に持つゼル帝を、ソファーで休んでいためぐみんが羨ましそうに眺めながらソワソワしていた。
多分触ってみたいのだろう。
俺はめぐみんにゼル帝を預けると、ウィズとダクネスの介抱に向かう。
「......生まれたての生き物はなぜこんなにも愛くるしいのでしょうか。その可愛らしさで、捕食者から攻撃されない様にとの防衛本能でしょうか」
めぐみんが、ゼル帝を手の平の上で大切そうに包み込んで見守る中、俺は転がっているウィズとダクネスの下へ。
......ウィズは体が透けてきているが、これは俺にはどうしようもない。
なので、俺はぐったりとしているダクネスを抱きかかえると、その頰を軽く叩くが目覚めない。
「とにかく、あんたがいるとゼル帝の教育に悪いからもう帰んなさい。この子には英才教育を施すの。......見なさいな、ゼル帝を見るめぐみんのだらしない顔を。たらしだわ。ゼル帝ったら生まれながらの女殺しよ。英雄色を好むって言うし、これは将来が楽しみね」
「フン、言われなくとも我輩は帰るとする。そこに転がっているお荷物店主のせいで我輩が稼いだ大金を石ころに変えられたからな。ではな人間どもよ。小金が貯まったらウィズ魔道具店をよろしくどうぞ!」
バニルは、半分ぐらい体が薄くなっているウィズの襟首を摑み、
「おい、すまぬが砂糖水を貰えるか。このまま放っておくと、瀬戸際リッチーがおだぶつリッチーにクラスチェンジしてしまう。栄養補給をさせてくれ、砂糖水でも染み込ませておけば、きっとカブトムシの如く復活するであろうて」
ウィズは普段どんな食生活送ってるんだ。
バニルはそう言いながら台所へ向かおうとするが......。
「あっ!? ど、どうしたんですかゼル帝!?」
めぐみんが、突如手の中で暴れだした事に驚きながらも、ゼル帝をそっと絨毯に下ろす。
なんだろう、めぐみんまでもが普通にゼル帝と呼んでるが違和感ないのか。
ひよこだろ。
ひよこのクセに、なんでこの中で一番偉そうな名前なんだ。
「......む?」
皆がゼル帝を見守る中、偉そうな名の黄色い毛玉はバニルの下へよろよろと歩いていくと、その身をバニルの靴へ摺り寄せた。
それを見たアクアが俺にすがり付く。
「わあーっ! ゼル帝が盗られたっ! カズマさーん! カズマさーん!! お願い、仮面悪魔を退治してゼル帝を取り返してよ!」
「いやなんで俺が。俺よりお前の方がバニルに対しては強いだろうが。そもそもこれひよこだろ。ドラゴンじゃないんだがそれはいいのか?」
その言葉にアクアはバニルに寄り添うゼル帝に近寄り、そっと大切そうに胸に抱く。
「私が仮面悪魔を退治したら、そいつに懐いてるゼル帝に嫌われるかもしれないでしょ。......そして節穴な目を持つカズマには分からないのだろうけど、この子はその身を体毛に覆われし極レアなドラゴン種、シャギードラゴンに相違ないわ」
「騙された事を認めたくないのは分かるけど、もう諦めろよ。そいつは紛う事なきただのひよこだ」
俺の言葉を耳を塞いで聞こうとしないアクアを見ながら、ウィズに砂糖水を掛けるバニルに尋ねる。
「おい、ところでダクネスが一向に目を覚まさないんだが。これ大丈夫なのか?」
それにバニルは、不思議そうにダクネスを覗き込むと。
「ふうむ、傷はそこの女神が治療したはずだが。しかし、我がバニル式殺人光線を食らって息がある事の方が驚きであるわ。殺人光線は殺人な光線であるので、その名の通り人が食らえば殺人される。なぜ息があるのかこちらが聞きたい。余程いかれた魔法抵抗力を持っておるのか......。しかし今回は、人を傷つけない事にかけては定評のある我輩の名折れである。その娘が目覚めたら、あなたどんな筋肉してるんですかと聞いておいてくれ」
「俺が殴られるだろ。......まあいい。それじゃ、こいつをどうするかだが」
俺はそう言って、バニルの足下にまとわり付いて離れない、黄色い毛玉を見下ろした。
もうこれ、連れて帰ってもらってもいい気がするが。
「ふむ。主婦達のアイドル的存在であるところの我輩に恋焦がれるのは仕方がないが、鳥類と悪魔族との種族の壁はさすがに障害が大きかろう。ゼル帝にはすまぬが、我輩の事は諦めてもらうしかない」
「いやこれ、お前を親だと思ってるんだよ」
それを聞いたバニルはふうむと唸り。
「......仕方ない。おい、ゼル帝の寝床はどこか?」
アクアがそれに、無言で広間のソファーを指差した。
いや、そんな所を寝床にすんな。
それを受けたバニルは、ゼル帝をヒョイとつまみ上げるとソファーの上に腰かけた。
ゼル帝は、バニルにつままれた時だけは動きもせずにジッとしている。
こいつは本格的にバニルを親だと思っている様だ。
バニルは、そのまま抱き込むように屈みこみ、そしてゼル帝を両手で包んでやると......、
「脱皮!」
メリッと音がし、バニルが二人に分裂した。
ゼル帝はバニルの分身に抱きこまれているため、二人に増えたバニルが見えず。
無事、ゼル帝を抱いたまま身動きしない皮にあたる方を残し、何でもありの悪魔は片手を上げた。
「では、我輩はこれで失礼する」
「この世界の生き物にはもういい加減慣れたつもりの俺だったが、お前も大概だな」
6
我が家に新しいマスコットが生まれた次の日の朝。
「......ねえカズマ。ゼル帝の前で目玉焼き食べるの止めてあげてくれない? 何だかこの子がカズマの方を見て怯えている気がするの」
ゼル帝にパンくずをやっていたアクアがそんな事を言ってきた。
「そいつはドラゴンなんだろ? なら俺なんかに怯える必要ないじゃないか。......それよりバニルの抜け殻を何とかしろよ。それ、凄く存在感があってそいつに見られてると食事が進まないんだが」
俺はアクアの隣でゼル帝のベッド代わりになっている、バニルの抜け殻をハシで指す。
中身は無いものの、その見た目は完全にバニルであり、元々の強烈な存在感のせいで、動かなくても凄く気になる。
「しょうがないじゃない、ゼル帝が気に入ってるんだもの。......それより、さっきからその子はどうしたのかしら」
アクアはゼル帝に指先を突かれ痛そうにしながら、部屋の隅に視線を向ける。
「俺にはこの黄色い毛玉を怖がってる様に見えるんだけど」
そこには、小さくうずくまってゼル帝を警戒し続けるちょむすけがいた。
黄色い毛玉が黒い毛玉に食われないかと心配していたのだが、どうしてこうなったのだろう。
「魔力ですね」
トーストを囓っていためぐみんが、ゼル帝をジッと見ながらぽつりと呟く。
「魔力?」
「ええ、魔力です。ゼル帝からは凄い魔力を感じますよ」
......この毛玉が?
「卵の孵化の際に、私やアクア、バニルやウィズなど、この街でもトップクラスの魔力保持者が寄って集って魔力を注いだせいでしょうか。ドラゴンの親が卵を温める際に魔力を注ぐと、子供も強い魔力を持って生まれてくるのは有名な話ですが、にわとりの卵に魔力を注いでも同じ現象が起きるとは興味深いですね。これは、ドラゴンを育てているドラゴン牧場の方達にとって朗報かもしれませんよ」
つまり何か?
このひよこは、アクアが言い張る様に本当に凄い戦力になるのか?
「それじゃあ、こいつを上手く育てればやがて魔王軍に対する切り札に......」
「なりませんよ、ひよこですから。魔法も使えなければドラゴンの様に魔力を使って飛ぶ事もブレスを吐く事もありません」
......。
「ある日突然、こいつが凄い力に目覚めたりだとか、魔力のおかげで超強い肉体を持つひよこになったりとか......」
「ありませんよそんな事。魔力が高いと老化があまり進まず寿命が伸びる事はありますが、この子はただのひよこです。特殊な力にも目覚めませんし、高い魔力で野良モンスターを怯えさせる事くらいしかできないでしょうね」
なんて宝の持ち腐れだ。
「あっ! そうだ、俺のドレインタッチを使えばこいつを魔力補充のマナタイト代わりに」
「それも無理ですよ、だってひよこですもの。ドレインタッチでうっかり体力まで吸っちゃったら簡単に死んじゃいますよ?」
どうしようこれ。
「......こいつ食ったら俺の魔力が跳ね上がったりしないかなあ」
「......どうでしょう。可愛いからあまりやりたくはないですが、魔力が上がるなら試してみる価値はありますね」
「ウチの子をそんな目で見るならあっちへ行って! ダクネス、ゼル帝をこの二人から守ってよー!」
朝食を終えて優雅に紅茶を飲んでいたダクネスが、そんな俺達のやり取りを見て小さく笑う。
「......ふふ。お前達を見ていると、本当に帰ってきたという実感が湧くな。カズマ、めぐみん、アクアをあまりいじめてくれるな。これからは皆でつつがなく平和に暮らせるのだ。喧嘩なんてせず、仲良くしよう」
そう言って、穏やかな表情で俺達に向けて笑みを浮かべた。
「......お前、こないだまで引き籠もってたと思ったらまた随分とご機嫌だな。もう領主のおっさんに捨てられたトラウマは大丈夫なのか? まあ、処女のバツイチ娘とか新しいジャンルだと思うし、お前はドンドン色んな属性を詰め込んでいったら良いと思うよ」
「私は捨てられたわけではない、領主が失踪したのは不正がバレたから夜逃げしたに決まっている! ......それに、私はバツイチになどなってはいないぞ。私の籍は綺麗なままだ」
ダクネスはそう言って不敵に笑う。
「......? ......あっ! こいつ、貴族特権を使って戸籍をいじったんだぜ! おいめぐみん、見ろよこの変わり様を。昔、ダスティネス家は不当な権力の行使はしないとか偉そうに格好付けてたクセに、追い詰められればこんなもんだ」
「ダクネスも昔に比べて随分と変わりましたね。以前の様な生真面目さや堅さがなくなって、脳みそがやわっこくなりました。これもカズマの影響を受けたせいでしょうか」
権力にものをいわせて籍を改竄した事をあっさり見抜かれ、ダクネスの頰が朱に染まる。
「二人とも止めなさいよ! ダクネスはね、本当はとっても夢見がちな女の子なのよ? 自分には似合わないって言いながらも可愛い系の服が好きでぬいぐるみとかも好きで、皆がいない時を見計らってゼル帝の様子をこっそり覗きに来たりする良い子なんだからね!? そんな純真で可愛いダクネスが、籍を改竄するぐらい......あっ、何するのよダクネス、せっかく庇ってあげてるのに!」
涙目になったダクネスが、アクアの口を塞ごうと摑み掛かったその時だった。
玄関のドアがノックされ、ドアがガチャリと開けられる。
「お邪魔するよー。......皆、今日も楽しそうだね?」
やって来たのは、いつも通りの俺達を見て苦笑を浮かべるクリスだった。
7
「──そんなわけで。助手君にはもうお願いしてるんだけど、できれば皆にも神器集めを助けて欲しいなって思ってね」
クリスはこれまでの経緯を語り終え、先ほどからずっと気になっているのだろう、ゼル帝の寝床代わりとなっているバニルの抜け殻から目を離さぬまま息を吐いた。
クリスの話を聞き終えたダクネスは、申しわけなさそうに眉を歪め。
「手伝ってやりたいのはやまやまなのだが......。すまない、クリス。現在前領主が行方不明になったため、まだ体調が回復しきっていない父に代わり、私が領主の仕事を任されているのだ。なので、本格的に手伝うのは父が回復してからでないと......」
「いいよいいよ、そっちの方が大事なお仕事だし。手伝いたいっていう気持ちだけでも嬉しいから。ありがと、ダクネス」
クリスはそう言ってダクネスに笑い掛けると、期待を込めた目で二人を見る。
「私はまあ手伝える事があるのなら手伝いますが。でも、出来る事なんて限られてますよ? その神器とやらが悪人の手に渡っているのなら、私の爆裂魔法が火を噴きますよと脅してあげても構いませんが」
「あ、ありがと、めぐみん。めぐみんに頼める様な事があれば、その時はお願いするね。ええと、それで......」
クリスが期待を込めてアクアを見ると、ゼル帝を愛でていたアクアはキッパリ告げた。
「残念だけど手伝えないわ」
その言葉が予想外だったのか、皆がアクアに注目する。
「お前どうせひよこに餌やって後はゴロゴロしてるだけだろ? こん中で一番暇を持て余してるんだからちょっとくらい手伝ってやれよ」
アクアはゼル帝を懐に抱き上げながら、俺の言葉にフッと笑う。
イラッとするが、ここでいちいち泣かせていては話が進まない。
抱き上げたゼル帝の小さな羽は手触りが良いのか、それをもみもみと揉んで感触を楽しみながら、アクアはドヤ顔で口を開いた。
「ねえカズマ。カズマは親の気持ちって分かるかしら?」
「......なんだよ急に。そんなもんが分かってれば、ネットゲーム友達から母親泣かせのカズマさんなんて呼ばれたりしないよ」
「まあそうよね。それでこそカズマよね。毎日学校にも行かずにゲーム三昧。学校に行かせようと説得すれば、可愛げのない屁理屈をこねるばかりでどうにもならない。......でもね、たとえそんなダメ息子でも、親の立場からすれば可愛いものなのよ」
今アクアが言っているのが俺の事を指してるのなら、こいつ一発引っ叩いてやろう。
「ダメな子ほど可愛い。そんな言葉がある事は知ってるわ。でも私は、この子を誰よりも強く、何よりも崇められる立派なドラゴンに育てたいの! この子には英才教育を施して、ドラゴン界の頂点に立ってもらわなきゃいけないのよ。......そこで賢い私は考えたわ。ほら、親の背を見て子は育つって言うじゃない? ここは一つ、私の強いところや崇められてるところをこの子に見せてあげようと思うのよ」
いつになく真面目な顔で言うアクアに俺は。
「具体的にはどうすんだ?」
「まずは魔王を倒してみようかなって思ったんだけど、今の私の実力じゃあ紙一重で負けちゃう可能性があるのよね。だから、それは最後の手段として取っておくわ」
「......何を指して魔王と紙一重の実力って言ってるのか分かんないが、そもそもお前、そのひよこを買ったのって魔王と戦う際の戦力にするためじゃなかったのか? なんかもう前提がおかしいぞ」
「カズマったら何言ってるの? 可愛い我が子にそんな危険な事をさせられるわけがないでしょう」
「お前の方こそ何言ってんの」
こいつ、卵の孵化作業をしてる間に母性に目覚めちゃったのか。
「まあ、私の強いところを見せるのは今度でいいわ。今はそれよりも、大事なイベントが控えてるしね」
......大事なイベント?
アクアは俺達を見回すと。
「皆は女神エリス感謝祭って知ってるかしら?」
と、突然そんな事を言ってきた。
──女神エリス感謝祭。
それは一年を無事に過ごせた事を喜び感謝し、幸運の女神エリスを称える祭り。
毎年この時季になると世界各地で執り行われる恒例行事だという。
俺の隣で紅茶を啜っているクリスを見ると、恥ずかしそうにしながらそっぽを向いた。
「エリス祭りはこの街でもやるのですね。私達の里でもやりましたよ。この日に幸運の女神エリスの仮装をすると、次の祭りの年までの一年間を無事に過ごせるそうですね」
へえ、そんな粋な事までやってんのか。
俺が感心しながらクリスを見ると、小さく首を振っている。
迷信らしい。
「エリス祭りには当家も毎年関わっているぞ。我がダスティネス家は代々敬虔なエリス教徒だ。祭りの開催にあたっては、毎年多額の寄付をしている」
それを聞いて照れるクリス。
「となると、この街でもエリス様のコスプレが見られるわけか。......おい、ちょっと楽しみだな!」
「そうですか? 私はあまり好きではありませんでしたねあのお祭りは。女神エリスに扮装するのが女性だけとは限りませんから」
「それは聞きたくなかった情報だな」
と、アクアがバンとテーブルを叩いた。
「皆、何を浮かれているの!? 祭りを楽しみましょうって話をしたいんじゃないの! この私を差し置いていたたたっ! ねえゼル帝、どうして私をついばむの!? お母さんの一体何が気に入らないっていうの!?」
何かを言おうとしたアクアは、テーブルを叩かれ驚いたひよこに手を突かれている。
「お前はさっきから何が言いたいんだ」
呆れて聞くと、アクアが言った。
「エリス祭りなんてものがあるんだから、アクア祭りもやってくれないと不公平じゃない。今年はエリス祭りは取り止めにして、アクア祭りをやってもらうの」
クリスが、含んでいた紅茶を吹き出した。
むせ返るクリスを尻目に、アクアは声高になおも続ける。
「だってズルいと思わない!? エリス祭りが行われてるのに、どうしてエリスの先輩であるアクア祭りが行われないの!? たまには代わってくれてもいいじゃない! だってゼル帝にいいとこ見せたいんだもの!」
本人がいる前でこいつは一体何を言い出すんだ。
「それに、何だかエリスの評判が凄く良いみたいだけど! あの子はね、お淑やかに見えて意外とやんちゃするタイプなのよ? それに勝手に色々背負い込んで、出来るだけ一人で何とかしようって頑張っちゃう子なんだから。まだ未熟だったあの子を私がどれだけフォローしたのか、もう数も覚えていないわ!」
未だ咳き込んでいるクリスの耳元に顔を寄せると。
「あいつあんな事言ってるけど、そんなに助けてもらったのか?」
「......い、一度だけ。でもそれって、先輩に押し付けられた仕事を次々こなしてたら、あたしの抱える仕事がいつの間にかどんどん膨れあがっちゃって......。それで困ってたら、『まったく、しょうがないわね! エリスってば私がいないとダメなんだから!』ってドヤ顔で手伝ってくれて......」
おい、どういう事だよ。
ヒソヒソと囁き合う俺達をよそに、ダクネスが呆れ顔で。
「まったく、その様にいい加減な事を言ってエリス様を貶めているからアクアは運が悪いのだぞ? アクアがいつも酷い目に遭うのは、きっとエリス様による罰に違いないぞ」
「何ですって! それじゃあ私が、からかってた野良犬に突然追い掛けられたのも、買ったばかりのアイスを落としたのも、全部エリスの仕業だったのかしら! エリスったら可愛い顔してなんて子なの!?」
俺がチラリと隣を見ると、涙目になったクリスがブンブンと首を振っている。
「まあ何にせよ、私はもちろん手伝えないぞ。先ほども言ったが、今は領主代行の仕事が忙しい。祭りの期間中はとてもじゃないが時間は割けそうにないな」
「なんでよー! こないだは、もうちょっとでお嫁にされそうだったダクネスをカズマ達と一緒に助けたり、お父さんの呪いを解いたりしてあげたのに!」
「う......、そ、それを言われると辛いのだが、そもそも私は敬虔なエリス教徒だし......」
ダクネスの言葉を聞いて、クリスがほっと息を吐く。
「いいわよもう、ダクネスの逃げられバツイチ!」
「逃げられバツイチ!? 待てアクア、その呼び方は......!」
「めぐみんは!? ねえ、めぐみんはどうなの!? 手伝ってくれるわよね!?」
「逃げられバツイチ......」
逃げられバツイチが泣きそうな顔で俯く中、ゼル帝をおっかなびっくり触っていためぐみんは。
「まあ構いませんが。私はエリス教徒というわけでもありませんし、アクシズ教徒には知り合いもいますしね。彼らには、昔ちょっとだけお世話になった事がありますから」
「!?」
それを聞いたクリスがバッと顔を上げ、アクアは無邪気に喜んだ。
「さすがめぐみんね! カズマはもちろん」
「やるわけない」
「手伝いなさいよクソニート、あんた毎日寝てるだけでしょ! ねえお願いよ、なんなら私の代わりにゼル帝に餌をあげてもいいから! 一回だけ譲ってあげるから!」
「いらねえよ! 何でひよこの餌やりがご褒美みたいになってんだよ!」
「あ、あの、私はちょっと餌をあげてみたいです......」
一部ではご褒美になる様だ。
「大体、エリス祭りを中止させるだなんて土台無理だろ。エリス教団が怒り狂うぞ?」
「ええー......。それを何とかするのがカズマさんのいつもの役目なんですけど......」
「おいふざけんな」
俺がきっぱりアクアに告げると、クリスがほっと息を吐く。
それを聞いたアクアは、バッと立ち上がり宣言する。
「もういいわよカズマのけちんぼ! めぐみんとクリスの三人で何とかしてみせるから!」
「ええっ!?」
クリスは今日一番の驚きの声を上げた。
1
分厚いカーテンの隙間から、夏の日差しが漏れてくる。
その日差しを避ける様に、頭まで布団を被りぬくぬくしてると、ドアが激しく叩かれた。
「ねえカズマ、いつまで寝てるの!? ちゃんと服は着てるわよね? いかがわしい事はしてない? してないわよね? 入るわよ! ......なにこれ寒い!!」
朝も早くからテンションの高いアクアが、部屋に入るなり悲鳴を上げた。
俺は布団の中から首だけ出すと。
「おい、朝っぱらからうるさいぞ。ていうかドア閉めろよ、冷気が逃げるだろ?」
「これを言うのもいつもの事だけど、もうお昼なんですけど。それよりどうしてこの部屋はこんなに寒いの? クローゼットの中に野生の冬将軍でも隠してるの? ウチにはもうちょむすけやゼル帝がいるんだから、これ以上ペットは必要ないわよ?」
「何でそんな物騒なもん飼わなきゃいけないんだよ。部屋の四隅をよく見てみろ、それぞれバケツが置いてあるだろ? その中に氷を入れてあるんだよ」
その言葉にアクアが興味を示したのか、バケツの中を覗き込む。
「この真夏に氷なんてどうしたの? 寝苦しい夜に備えて私も氷が欲しいんですけど」
「ほら、ウィズが最高品質のマナタイトをたくさん買ったとか騒いでただろ? それでピンときてさ。安いマナタイトを金に物をいわせて大量に買ってきて、フリーズで氷を作りまくったんだ。暑い夏の日に部屋をキンキンに冷やして布団被って昼寝する。これ以上の贅沢はそうそうないぞ」
首まで布団を被った俺を、アクアがちょっとだけ羨ましそうに見ながら言った。
「カズマさんってば、お金と魔法を無駄に使う事に関しては他者の追随を許さないわね。......ねえ、今夜は暑いらしいし、夜になったら私にも氷作ってくれる?」
「氷作るくらいは構わないけど、それよりどうしたんだ? お前、今日はアクシズ教の教会に行くんじゃなかったのか?」
昨日、クリスに無理やり協力を約束させたアクアは、今日はアクシズ教会に行って自分の信者をかき集めると息巻いていたのだが......。
「人に慕われる事のないカズマには分からない感情かもだけど、自分の信者に私を称えるお祭りをやるわよって言うのもちょっと気恥ずかしいじゃない? 誰かに付いてきてもらって、私の信者にさり気なく祭りの話を振って欲しいの」
バケツの中に手を入れて、氷水を気持ち良さそうにかき回しながらアクアが言った。
「大金を手にしてから独身の女性冒険者や受付嬢にと、最近妙に慕われてる俺に随分だなこら。てかお前、普段は空気読まずにワガママ放題なクセして変なとこで面倒臭いな。昨日も言ったけど俺は手伝わないぞ。アクシズ教徒とも関わり合いになりたくないしな。めぐみんかダクネスに行ってもらえよ」
「ダクネスは何度か泣き付いてみたけど、やっぱり領主代行の仕事で忙しいからって言われたし、めぐみんには、今日は知り合いに会いに行くからアクアと遊んであげられないのですって言われたわ」
アクアはそう言いながら、氷の入ったバケツを手に持ち俺の傍に......、
「おい、その手に持ってるのは何だよ。俺は行かないぞ。この暑いのに外になんて出られるか。や、止めろ! 俺の布団に何する気だよ、布団干したばっかなんだから濡らすなよ! 濡らしたら痛い目に......、分かった、行くからバケツを下ろせ!」
──アクセルの街の郊外にある小さな建物。
「ここよ。見た目は小さな教会だけど、そこはアクシズ教徒の謙虚さが滲み出ていてとても良い感じよね」
「吹けば飛びそうな教会だな」
俺とアクアはこの街のアクシズ教会にやって来ていた。
そういえば、この街に長く住んでいるがここに来るのは初めてだ。
「なあ、この教会の責任者ってどんな人なんだ? またキワモノがいるんじゃないだろうな? もうキャラが濃い連中は間に合ってるんだ、変なのが出てきたら帰るからな」
「アクシズ教団の子達はみんな良い子ばかりだから心配ないわ。でも、私もまだここの責任者に会った事ないのよね。最近、新しい責任者が赴任してきたらしいんだけど......」
アクアはそう言いながら教会のドアに手を掛けて......、
『ほら、物はこれで良いか? 確かめてくれ。......まったく、こんな品を扱うのはこれっきりにして欲しいもんだ』
中から聞こえてきた男の声に動きを止めた。
こんな品?
『......確かに。あなたに頼んで良かったわ、これは文句なしの一級品ね。でも大丈夫、扱いには慣れてるし危険はないわ。それに、私が個人的に楽しむだけよ』
次いで聞こえてきた女の声に、俺とアクアは顔を見合わす。
『ならいいんだがね。とはいえ、あまり楽しみ過ぎないようにな。そいつのせいで毎年必ず死者が出てるんだ、気をつけな』
これは大変なとこに出くわしちまった。
まさかアクシズ教団が違法な品に手を出していただなんて、そんな......!
......なんだろう、あまり違和感が湧いてこないな。
「おいアクア、出直すぞ。警察行こう」
「ちょ、ちょっと待って!? ウチの子達が犯罪に手を染めるだなんてありえないから! これは何かの間違いよ、事情を聞くまで待ってちょうだい!」
「お前のとこの教団員による、エリス教徒へのセクハラや嫌がらせは立派な犯罪だぞ」
何にしてもここにいてはマズい。
俺達が今の会話を聞いていたと知られたら、口封じとして危害を加えられるかもしれない。
嫌がるアクアを連れて、その場をそっと立ち去ろうとしたその時......。
『まったく、あなたはちっとも変わってないですね。そんなにこの白い粉が好きなのですか?』
──それはめぐみんの声だった。
突然の身内の声に俺とアクアはギョッとする。
なぜめぐみんがこんな所に?
今、白い粉だとか言ったか?
いや待ってくれ、めぐみんがこんないかがわしい取引の現場にいるという事は......。
『しかし、これはそんなに良い物なのですか? 以前私にもこれを勧めてくれましたが、何だか私も試してみたくなってきました』
おいおい。
『お嬢ちゃん、コイツは一見するとただの白い粉だけどな。お湯に溶かしてやると......』
おい待て、止めろ。
ていうかこれ、絶対めぐみんだよな?
声が似た他の誰かじゃないよな?
俺とアクアが突入しようか迷っていると、決定的な言葉が吐かれた。
『気になるなら試してみる? 大丈夫よめぐみんさん、誰だって最初は怖じ気づくものよ。でもね、一度これを味わったならきっと病みつきに......』
俺はドアを蹴破った。
2
「──そこまでだ、この邪教徒どもが!! てめえ俺の仲間に何やってんだ、ぶっ殺すぞ!」
そこにいたのは突然ドアを蹴り開けられ、驚愕の表情を浮かべる二人の男女。
そして──
「カ、カズマ!? どうしてここに......! というかアクアまで......!」
その二人の間に挟まれる様にして、めぐみんが驚きの表情で固まっていた。
「どうしてもクソもあるか! おいそこの犯罪者、動くなよ! 俺はこう見えて街でも名打ての冒険者だ、抵抗するなら実力行使にでるぞ!!」
俺の脅しに、その場にいた女の人......。
アクシズ教徒と思われるプリーストが、白い粉を手にビクッと震えた。
「ま、待って! これは確かにご禁制の品だけど、私が使うだけだから......」
「そんなもん誰が信じるか、現に俺の仲間に勧めてただろうが! てめえふざけんなよ、そいつのせいで俺の仲間がこれ以上おかしくなったらどうしてくれんだ! そんな忌々しいもんは俺のティンダーで焼き払ってやる!」
俺は言いながら右手を突き出すと、そのプリーストは手にしていた粉を守る様に、慌てながら懐へ抱え込む。
と、俺の隣をアクアがすり抜け、
「ゴッドブローッッッッ!!」
展開についてこられていなかった男に拳を振るった。
アクアの拳は的確に鳩尾を捉え、男は声も出せずに崩れ落ちる。
「ちょっ、何事ですか二人とも!? いきなり乱入したかと思えばどうしたのですか!?」
慌てふためくめぐみんには構わずに、俺は拳を握ってプリーストに対峙する。
「めぐみんは黙ってろ! おい、無知な少女を騙くらかして悪い道に引き込むそこの邪悪なプリースト! 俺は相手が聖職者でも、それが女であっても拳を振るえる平等主義者だ。仲間に怪しい遊びを教え込もうとした償いとして、信者の教育がなってない女神に代わり、聖なる拳を食らわせてやる」
「ねえカズマ、まだ制裁は待って! きっとこの子にも事情があるのよ! こっちの男の人はアクシズ教徒じゃないみたいだったから遠慮なく裁きを下したけど、この子からは敬虔なるアクシズ教徒のオーラを感じるの! 話を聞いた後でもいいと思うわ!!」
今にも襲い掛かろうとする俺の腕を取り、縋り付くように押さえるアクア。
そのアクアを見て、プリーストは目を見開いた。
「あなた様は!? ......ああ、何て事。......ふふ、悪い事は出来ないものね。いいわ、私の負けよ。これを燃やすなり、私を警察に突き出すなりするといいわ......」
「お、お姉さん!?」
アクアを見るや突然罪を認めたプリーストは、力なく肩を落とした。
その隣では、未だ混乱中のめぐみんが俺とプリーストを交互に見ている。
「抵抗しないのなら悪い様にはしないさ。だが警察には付き合ってもらうぞ。そこで罪を償うんだな」
「ええ、分かっているわ。......ふふ、めぐみんさんってばこんな私の事をまだお姉さんって呼んでくれるの? でも、そんなに心配そうな顔をしないで。ちゃんと罪を償ったら、きっとまた会えるから......。そう、多分今日の夕方くらいに......」
そう言って儚げな微笑を浮かべるプリースト......。
「......今日の夕方? 何言ってんだ、そんな早く出てこられてたまるかよ」
「あなたこそ何言ってるの? ところてんスライムの不法所持なんて小一時間くらい説教されてそれで終わりよ?」
ところてんスライム。
「......そのスライムって何? 使用すると中毒になったりハイになったり......」
「しませんよそんなもの、何ですかその物騒な物は。ところてんスライムは、のどごしの良さや食感のぷるぷる感から、お爺ちゃんや子供に人気の食べ物ですよ」
めぐみんの言葉に俺は思わず黙り込む。
「............いやでもだって、さっきの会話の中で、毎年死者が出るとか物騒な発言が......」
「食品の特性上よく嚙まずに飲み込む人が多いもので、喉に詰まらせて亡くなる方が毎年現れるのですよ。嫁入りした奥さんが、姑の誕生日に贈る物として人気の一品だそうですよ?」
............。
「い、いやでもほら。なんかご禁制の品とか言ってたじゃん、白い粉とか何とか。それ持ってると罪になるって事なんだろ?」
プリーストは、悲しげに表情を歪めながら首を振る。
「以前アルカンレティアの街で、魔王軍によるところてんスライムを使った無差別テロがあったのよ......。それは、街中の温泉をところてんスライムに変えるという恐ろしいものだったわ。以来、魔王軍がところてんスライムを温泉に混ぜたのには理由があるはずだ、何か凶悪な副作用があるに違いないと研究が進められ......。それで、ところてんスライムの安全性が確認出来るまで食べるのを控える様に、と......」
魔王軍は何だってそんな頭の悪い事を。
「でも、私にとってところてんスライムは何物にも代えがたい物なの! だから怒られるとは分かっていても、ついついこんな事を......!」
もう帰ろうかと悩んでいた俺の前で、わっと泣き崩れるプリースト。
そのプリーストの肩に、アクアがぽんと手を置いた。
「汝、敬虔なるアクシズ教徒よ......。アクシズ教の教義、第7項を思い出しなさい」
肩に手を置かれたプリーストは、アクアの言葉に顔を上げる。
「第7項......? ......ッ! 『汝、我慢をする事なかれ。飲みたい気分の時に飲み、食べたい気分の時に食べるがよい。明日もそれが食べられるとは限らないのだから......』」
「そう。汝、我慢をする事なかれ、よ。たとえそれが人のお皿にある唐揚げだろうと、食べたいと思えば食べていいの。ところてんスライムが食べたいのなら、それを我慢してはいけないわ。だって、我慢は体に毒って言葉があるのだから」
「ああ......。アクア様、感謝します......!!」
俺は何やら妙な事を始めたアクアとプリーストから距離を取り、側に来ためぐみんに耳打ちする。
「おい、どうすんだよこれ。止めた方がいいのか? 関わらない方がいいのか?」
「どちらかを選べと言われたなら間違いなく関わらない方がいいですが、直に落ち着く事でしょう。......それより、二人はどうしてここへ? 今朝方アクアが付き合って欲しい場所があると言っていましたが、もしかしてここに用事があったのですか?」
3
──倒れていた売人を介抱し、帰って行くのを見送った後。
未だおかしな小芝居を続けるアクア達を尻目に、俺はこれまでの経緯を説明した。
「......それで、私がおかしな連中に悪い遊びを教え込まれそうだと勘違いして乱入してきたのですか」
「そうだよ。でも悪かったな、あのプリーストのお姉さんがお前の知り合いなんだろ? その、勘違いで迷惑掛けたな」
頭を搔きながら謝る俺に、だがめぐみんはくすりと微笑を浮かべると。
「良いですよ、だってそれだけ心配してくれたのでしょう? 『そこまでだ、この邪教徒どもが!! てめえ俺の仲間に何やってんだ、ぶっ殺すぞ!』でしたっけ? ふふ、また一つ、覚えておかなければいけないカズマの言葉が増えました」
「や、止めろよ、忘れてくれよ、必死だったんだよあの時は。......おい、ニヤニヤすんの止めろ、その緩んだほっぺた引っ張んぞこら」
凄んでみるも、めぐみんは嬉しげな表情を止めようともしない。
......でも何事もなかったみたいだし、まあ......。
「あーっ!」
と、そんな空気を引き裂く様に、教会内に甲高い声が響き渡る。
それは今までアクアに慰められていたプリーストの声。
「なんですか、なんなんですかこの人は! めぐみんさんに笑い掛けられてツンデレオーラ出しちゃって! しかもめぐみんさんまでなんですか、満更でもなさそうなそのだらしない顔は! ああもうめぐみんさんたら相変わらず可愛いんだからギュッてしてもいいですか!?」
「や、やめてください。というか、二人にはお姉さんの紹介がまだでしたね」
手をわきわきさせたプリーストから距離を取ると、めぐみんは俺達の方へ向け。
「カズマ、アクア、紹介します。この人はセシリーさん。この教会の責任者です。ええっと、私との関係は......」
「姉です」
「サラッと捏造しないでください! その、以前お世話になったといいますか......」
なんだろう、このセシリーってお姉さんは。
とても綺麗な人なのに、俺の仲間達の様な駄目オーラを感じる。
やがてセシリーはおもむろに、アクアに向けて頭を下げると。
「それではあらためまして......。お初にお目に掛かりますアクア様。あなた様の事は、教団の最高責任者、ゼスタ様からうかがっております。私の名はセシリー。この私にお役に立てる事がありましたなら、どんな事でも相談してくださいませ」
セシリーはそう言って、愛おしい人に向ける様な柔和な笑みを浮かべた。
「ほう、どんな事でも? 靴下に穴が空きそうだから新しいの買ってきてって言ったら聞いてくれるの?」
「もちろんですアクア様! 靴下を履かせるところまでお世話させて頂きますとも......あっ、ちょっと何するのあなた、お姉さんが綺麗だからっていきなりこういうのはどうかと思うわ!」
俺はバカな事を言い出したセシリーを引っ張り教会の隅に連れて行く。
「おい、調子に乗るから甘やかさないでくれよ。ていうかあんた、初対面のアクアにやけに尽くすな。......なあ、ひょっとしてアクシズ教団はあいつの正体に気付いてるのか?」
「ちょっと何言ってるのか分かりませんね。アクア様はアクア様です。あの方は私達の街を救ってくださったアークプリースト。我らが崇める御神体、女神アクア様にそっくりなアークプリースト。女神様と名前が同じなだけのアークプリースト。私はそんなアクア様のしもべとして、アクア様の御威光にすがり食っちゃ寝するためにこの街へ来たんです」
「あんたもうアルカンレティアに帰ってくれないかな」
しかし、この反応で何となく分かった。
多分アクシズ教団はアクアの正体に気付いている。
その上で、女神アクアが降臨したと祭り上げる事はせずそっと見守るつもりなのだろう。
少なくとも、俺やアクアに危害を加えるつもりはなさそうだ。
......と、いつの間にか傍にやって来ていたアクアが、俺の服の裾をくいくい引いた。
何やら言いたげな期待に満ちた表情で俺をチラチラと見上げている。
これはあれか、自分から言うのが恥ずかしいから、俺からアクア祭りを開催しろって言って欲しいのか面倒臭い。
「あの、めぐみんの知り合いのセシリーさんって言いましたっけ?」
「そんなにかしこまらなくても、もっと砕けた感じでいいわよ。なんなら、セシリーお姉ちゃんって呼んでくれても構わないわ」
なんだろう、この人を見てるとアクアが二人に増えた感じがする。
隣で、早く早くと目を輝かせるアクアが鬱陶しい。
「......ええっと。実はもうすぐこの街で、女神エリス感謝祭が執り行われる事は知って」
「知ってるわよ! ええ知っているわ! 忌々しいエリス教徒が、我らがアクア様を差し置きエリス祭りだとかわけ分かんない祭りをしようと画策している事は!」
俺のセリフを食い気味に、セシリーは鼻息荒く。
「季節は夏。では夏と言えば? そう、海にプールにアクシズ教団。では祭りと言えば? それももちろんアクシズ教団。宴会や祭り事が好きで、特に夏が大好きなアクシズ教団を差し置いて、この時季にエリス祭りを開催するだなんて私達に喧嘩を売ってるとしか思えない。ええ、これは戦争ね、戦争しかないわ!」
アクシズ教徒はこんなんしかいないのか。
アクアはといえばセシリーの言葉にさっそく感化され、目をキラキラと輝かせている。
「というわけで役割分担よ。私は今から、エリス教会におもむき窓ガラスをかち割って来るわ。怒りに我を忘れたエリス教徒が私を追い掛けてきたところを、颯爽と現れためぐみんさんが格好良く名乗りを上げて蹴散らします。あなたはヤジウマに紛れ込み、『邪悪なエリス教徒に天罰が下ったんだ......』と意味深に呟く役を。アクア様にはここでお酒でも飲みながらゴロゴロしていてもらいます。......それじゃ行くわよ!!」
「行かせるかよ、ツッコミどころが多すぎるだろ!! ......お前らも、満更でもなさそうな顔してんじゃねえ!」
活躍の場を想像してニヤニヤしているめぐみんと、勧められるがままに嬉々として酒を飲む用意を始めたアクアは置いておき、それよりこのアクシズ教徒を何とかしないと。
「そうじゃなくってだな、その、こっちも対抗して女神アクア感謝祭みたいなのを開催したらどうかなって思ってさ」
4
「初めまして。わたくし、アクシズ教団アクセル支部長のセシリーと申します。実は折り入ってお願いしたい事がありまして」
「帰ってください」
アクセルの街の商店街。
そこでは各商店の店主達が、女神エリス感謝祭の準備に勤しんでいた。
「どういう事よ、これだけ礼儀を尽くしてお願いに来たのに何が不満なの!? ......ははーん、まずはお願いを退けて足下を見る気ね。そしてこう言うのでしょう! 『ぐふふ、アクシズ教団の美人プリーストさん、願いを聞いて欲しいというのなら、まずは誠意を見せて欲しいですなあ』とかいって私の豊満な体を......! そうはいくもんですかこの背教者め、アクシズ教徒の力を見せてやる!」
「なんなんだこのいかれた女は! これだからアクシズ教徒には関わりたくないんだ、やめっ、ちょっ! 誰か来てくれ!」
今俺の目の前では、商店街の会長を務める男が、セシリーに首を絞められている。
「......なあめぐみん、お前あの人の友達なんだろ? ちょっと止めてこいよ」
「友達ではなく知り合いです。そこのとこを間違えないでください」
祭りの許可を取りに来ただけなのに、どうしてアクシズ教徒と一緒にいるだけで揉め事になるんだろう。
問題児を二人も連れて来ると話が進まなそうだったのでアクアは教会に置いてきたのだが、一人でもあまり変わらなかったな。
俺はめぐみんと共に、改めて商店街の様子を見る。
各商店の店員は、出店する予定の出店を店先で整備したり、のぼりらしき物を作ったりと忙しそうだ。
こんな光景を見ていると日本の文化祭を思い出す。
俺がこの世界に送られたのが丁度文化祭が終わった頃だった。
結局文化祭当日も学校には行かなかったが、異世界に来る事になると知っていれば、最後に行っておけば良かったなとちょっとだけ後悔する。
俺のクラスは焼きそばの出店をやるって言ってたっけ。
セシリーの方を見ると、未だ会長に食って掛かり何やら罵声を浴びせていた。
......こいつらアクシズ教徒達も、単に祭りがやりたいだけなんだよな。
日本の事を思いだし、ちょっとだけ感慨に浸っていた俺は、会長の下に近づくと首を絞めていたセシリーを止めに入る。
成り行きに流されるままに来た俺だったが、この光景を見てちょっとだけ気が変わった。
「セシリーさん、話が進まないからそれくらいに。俺が説得を代わるからさ」
俺の言葉にセシリーが手を緩め、解放された会長が咳き込みながらも。
「説得を代わると言われましても、誰が何と言おうと私どもは......。ん? あなたはひょっとして、成金冒険者のサトウさんですか?」
俺、成金冒険者って呼ばれてんのか、いやまあ合ってるけども。
話を聞く体勢に入った会長を見て落ち着きを取り戻したセシリーが、乱れた服をピッと正すと、祈る様に両手を組み上目遣いで会長を見上げた。
「実は、毎年行われている女神エリス感謝祭。これを、女神アクア感謝祭に変更して頂きたいのです......」
「帰ってください」
「......ッ! ......ッッッッ!!」
「話が進まないのでお姉さんはこっち来てください! ほら、私が遊んであげますから!」
再び襲い掛かろうとしたセシリーをめぐみんが羽交い締めにして連れて行く中、俺は若干の怯えを見せる会長に小声で囁きかけた。
「連れが迷惑掛けてすいませんね。......まあ、俺達がこうしてやって来たのは、彼女が言った事に関してなんですが」
「あのアクシズ教徒が言っていた、女神アクア感謝祭ですか? 無理ですよ、そんな事をしたらエリス教団から何を言われるか......」
取り付く島もない会長に、俺は更に声を絞って囁きかける。
「いえ、あのアクシズ教徒が言った様に、祭りを変更しろなんて無茶は言いません。共同開催って形にして欲しいんです。女神エリス、女神アクア感謝祭とでも銘打っとけば連中はそれで満足します」
俺の言葉に、訝しげな顔をする会長。
「そんな許可を出せるはずがないでしょう。厄介事の火種になりそうなだけで、メリットがちっとも感じられませんし......」
そんな会長に、俺はふと思いだしたかの様に。
「女神エリス感謝祭ってのは、商店街が全面的に協力するくらいですし、毎年結構な額が儲かるんでしょうね?」
と、軽い口調で問い掛けた。
「まあ、儲からないといえば噓になりますが。しかしここ数年は、魔王軍の動きが活発化してきたとの事で、盛り上がりに欠けているのが現状ですな......。それが何か?」
なるほどなるほど。
「エリス教徒とアクシズ教徒。この二つの教団はあまり仲がよろしくない。とはいっても、アクシズ教団が一方的に敵意を剝き出しにしているだけですが。......さて、ここで共同開催にしてみたらどうなります? 祭り好きなアクシズ教徒の事だ、エリス教団に対抗し、大いに盛り上げる事でしょう。そして、それを見過ごすエリス教団でもない」
「......詳しく」
身を屈めてこちらの話を聞く体勢になった会長に。
「お互いを競争させるんです。互いの対抗意識を煽ってやるだけで祭りの規模は大きくなる。当然、それに便乗し店を出す商店街の売り上げも増すでしょう」
それを聞いた会長は、真剣な顔で顎に手を当てて考え込む。
だが利点はそれだけではない。
「......あともう一つ。祭りの資金は毎年どこから出てるんです?」
「資金ですか? それは、エリス教団が大半を賄い、足りない分を貴族の方々や我々商店街からの寄付で捻出しておりますが......」
俺も会長と同じように身を屈め、
「それを、共同開催したいと言い張るアクシズ教団にも出させましょう。そうすれば、エリス教団とアクシズ教団だけで資金が捻出できるかもしれません」
「......やりましょう、是非やりましょう! いや、さすがはその若さで大金を手にしたサトウさんだ。あなたには、この祭りのアドバイザーとして協力頂ければと思うのですが......。もちろん、タダとは言いませんので......」
おっと、これは思わぬ展開だ。
既に金には困ってないが、こんな美味しい話に乗らない手はない。
「俺でよければ是非引き受けさせてください。良い知恵を出しますよ、共に濡れ手に粟で儲けましょうか」
「いやいや、良い商談が出来ましたな!」
そして突如笑い声を上げ始めた俺達を、辺りの人達が見守る中、
「本当にあの人に任せて良かったのですか?」
「さすがのお姉さんも、ちょっとだけ不安になってきたわ」
そんな呟きが聞こえてきた。
5
ここ最近すっかりクリスとの待ち合わせ場所と化した喫茶店で、俺は今までの経過を報告していた。
「──と、いう事になりました」
「なんでえええええええ!? ねえ、なんでそんな事になってんの!? 絶対無理だと思ってたのに、先輩ってば商店街の会長を一体どうやって説得したの!?」
店内に響く大声を上げながら、クリスがバンとテーブルを叩いて立ち上がる。
「いやあ、会長の説得には苦労したよ。でも最後には喜んでた」
「キミかあああああ!」
良い仕事したと腕を組んで頷く俺に、涙目のクリスが食って掛かってきた。
「なんで!? キミってば面倒は嫌いなクセに、どうしてこんなややこしい事にしてくれたのさ! ていうかこのままじゃあたし、自分の祭りを放り出して先輩の祭りを手伝うっていう、凄く頭の悪い事しなきゃならなくなるんだけど!」
「い、いや、何で手伝う事前提なんだよ、そこはちゃんと断ろうぜ」
頭を抱えて悩むクリス。
「それはそうなんだけど......。先輩に何か頼まれると、いつの間にか手伝わされてて......。キミの蘇生の後始末なんかも、なぜかあたしがやるのが当たり前になってきてるし......」
「そ、それに関してはいつもお世話になっております......。まあちょっと落ち着いてくれ。これにはちゃんと訳があるんだ」
俺は興奮冷めやらぬクリスに、アドバイザーだの報酬だのの事は省き、会長とのやり取りの一部を説明した。
「まあそんなわけで、魔王軍のせいで不安が高まった人達はせっかくのお祭りでもあまり盛り上がれないらしいんだ。そこで、祭り好きらしいアクシズ教徒と一緒にやれればどうかってな。それもこれも、魔王軍に苦しめられている人々にほんの一時でもいいから祭りを楽しみ、不安な気持ちを忘れて欲しいって想いからなんだよ」
「それを言われると反対なんてできないけど......。でもキミって、そんな街の人々のために、みたいな性格してたっけ?」
「おっと、何度も強敵を倒した挙げ句、神器探しにも協力している善良なこの俺に、また随分な言い草ですね」
「ごご、ごめんね!? 違う、そういうつもりじゃあ......! うん、分かったよ。それならいいかな、先輩だってそこまで無茶はしないだろうし。......しないよね?」
「......。それはともかく、共同開催ってのもお試しで一回やってみようって事になっただけだからさ。アクアの事だから一度開催すれば満足するだろうし、来年には元に戻るさ」
「ねえ、どうして無茶はしないって言ってくれないの!? だ、大丈夫かなあ......。それに、アクシズ教団のお祭りの方が盛り上がるからって言われて、来年にはあたしのお祭り無くなったりしないかなあ......。いや、べ、別に祭って欲しいわけじゃないんだけどね?」
来年以降の祭り開催を心配しながらも、アクアみたいな面倒臭い事を言うクリス。
女神というものは皆こんな感じなのだろうか。
「まあそっちの方は良いとして。それより、神器の行方は分かったのか?」
「うん、場所までは突き止めたよ。でも、ちょっと厄介な所に保管されてるみたいでね。アンダインっていう貴族が持ってるんだけど、この人は変な物を好んで集めるクセがあるんだ」
変な物を集める貴族。
俺の中の貴族イメージは、今までの出会いが出会いだっただけに、変なヤツしかいない印象だ。
「相手が貴族ならダクネスに頼んでみるのはどうだ? ダクネスの家の権力で融通してもらうってのは......」
「それは無理だよ。アンダインはこの神器を非合法な手段で手に入れたみたいだし、きっととぼけられるよ。欲しい物はどんな手を使ってでも手に入れる事で有名な貴族でね。ダクネスが交渉しようとしても、そんな物は知りませんって言われて終わりだね」
やはり、俺の中の貴族の印象は最悪だ。
非合法な手段とやらが脅して手に入れたのか盗み出したのかは知らない。
だがそんな相手なら、俺達も非合法な手段を使う事に遠慮はいらないだろう。
「という事は、アレですかお頭」
「うん、アレだね助手君」
また、あの仮面を被る事になりそうだ。
6
──貴族の屋敷を下見した俺は、どうやって侵入しようかと悩みながら屋敷に帰る。
そこでは、先に帰ってきたらしいアクアが騒いでいた。
「ねえダクネスー! お願い、カズマが帰ってきたら私も一緒に叱ってあげるから! だから、いい加減トイレから出てきてー! そこに引き籠もられると地味に迷惑だから! 二階のトイレは誰かが掃除をさぼったおかげで詰まってるの! ねえお願い、早く出てー、早く出てー!」
一階のトイレの前で必死にドアを叩くアクアの姿。
どうやら、中にダクネスが立て籠もっているらしい。
「ただいま。おい、どうした。俺が帰ってきたら叱ってやるって何事だよ」
広間のソファーではめぐみんがぐったりしているところを見ると、アクアに付き合ってもらい爆裂魔法を撃ちにでも行ったのだろう。
「ちょっとクソニート! あんたがあちこちでダクネスの恥ずかしい秘密を広めたせいで、ダクネスが半泣きで帰って来たのよ! 『ララティーナお嬢様、腹筋割れてるって本当ですか?』とか、『ララティーナお嬢様、新郎に逃げられたって本当ですか?』とか、『ララティーナお嬢様は見てくれは綺麗だし、バツイチでも相手は見つかりますよ』って、冒険者に会う度にからかわれたんだって! ねえ出て来てよダクネス、ダクネスならきっとすぐに新しいお婿さんだって見つかるから! 私ももう、バツネスなんて呼ばないから! お願いだから機嫌直して!」
説得したいのか更にトイレに引き籠もらせたいのか分からない、空気の読めないアクアがそんな事を喚く中。
「おいダクネス、そこは皆に迷惑だから出て来いよ。大体、俺がダスティネス邸に侵入してお前の恥ずかしい秘密を暴露してやるって言ったあの時、好きにしろっつったのはお前じゃないか。でもまあ、悪かったよララティーナ」
ドンとトイレのドアを殴る音。
ララティーナはもう泣くのは止め、今はかなりご立腹な状態らしい。
アクアの呼び掛けにも応じる事はなく、それからしばらくは俺が何を言っても返事はなかった。
しかし、いつまでもトイレに籠もられると本当に迷惑だ。
「なあ、俺も悪かったがあれはお前も悪かっただろ。売り言葉に買い言葉ってやつだ。謝るから、もう仲直りしようぜ。......俺は立ちション出来るからあまり影響はないが、そろそろ出て来てやらないとアクアが大変な事になりそうだから機嫌直せよ」
「女神はトイレ行かないから大変な事にはならないけどね! 一階のトイレ掃除は私の担当なの! ダクネスが出て来てくれないと、日課のトイレ掃除が出来ないからよ! 他に理由なんてないからね! だから早く出てー!」
モジモジしながらアクアが叫ぶ。
もうちょっとそんなアクアを焦らしてやりたくなるが、二階のトイレ掃除当番は確か俺だったはず。
そこら辺をアクアに追及されると困るので、俺はダクネスへ最終勧告をする事にした。
「おいダクネス。そろそろ長い付き合いなんだから、俺の事を良く分かっているだろう。このままトイレに引き籠もり続けると、お前は泣いて謝り止めてくれと叫ぶ事になるぞ」
それへの返事は、トイレの中からフンと鼻で笑う音だった。
そしてずっと閉じ籠もり、一言も喋らなかったダクネスが。
「貴様こそ私と長い付き合いなら、そろそろ私が大概の事なら喜びに変換できる事は分かっているだろう。何だ、得意の口汚い口撃か? こちらはトイレを押さえている。何を言おうが私が耳を塞ぎ耐え続ければ、不利なのはお前の方だぞ。ダスティネス一族は耐える事に関してなら他の追随を許さない。......さあ我慢比べだ! 今日は貴様が、許してくださいダスティネス様と謝るまで立て籠もってやろう!」
............。
その言葉を聞いた俺は、広間中央の重いテーブルをズルズル引きずり、トイレのドア前にそれを置く。
トイレは広間横の廊下にある。
廊下の幅の広さと同程度の大きさのテーブルを置く事で、テーブルがドアのつっかえ棒と化した。
俺はアクアに耳打ちすると、そのままトイレを後にする。
アクアは俺を見送りながら、ドアに向けて呼び掛けた。
「ねえダクネス。カズマが、今からダクネスの部屋に行ってタンスにクローゼット、ベッドの下まで全てを引っくり返して、欲望の限りを尽くしてくるって言ってどこかに行っちゃったわよ?」
トイレの中からガタンと響く大きな音。
そのまま更に、ドアを開けようとしたのか、ガッとドアがテーブルに当たる音が聞こえてきた。
俺はそれらの音を全く気にする事もなく、二階へと続く階段を......。
背後から何度もドアがテーブルにつっかえる音が響く中、ダクネスが罵声を上げた。
「カズマーっ! 止めろっ! 貴様、止めろ卑怯者が! おい止めろ! 止め......! 冗談だろう? アクア、カズマはまだそこにいるのだろう? めぐみん、カズマはそこにいるんだろ!?」
段々不安そうな泣き声になるダクネスの声。
それに、広間のソファーでグッタリとだるそうにしながらも、バニルの抜け殻の上で眠るゼル帝をだらしない顔で撫でていためぐみんと、アクアがハモった。
「「いないよ」」
「カズマ、私が悪かった! 悪かっ......! ちょっ、出してくれ、出られない! アクア、めぐみん、出してくれ! カズマすまない、ごめん! ごめんなさい! 許してくださいカズマ様!」
──それからしばらくして。
「......うう、お気に入りの下着が......」
「......ええと、ダクネスはあの後一体何をされたのですか?」
俺達は皆で夕飯を食べながら、これからの事を話し合っていた。
「詳しく知りたかったらダクネスに聞けばいいさ。それよりアクア、結局あの後どうなったんだ? 祭りの許可は取ってやったけど、後はお前らで出来るのか?」
「ええ、許可さえ取れれば問題ないわ。後は任せて、私に考えがあるの」
商店街の会長に許可は取ったが、その後はアクア達に丸投げだ。
一抹の不安が残るが、まあアクシズ教徒でもない俺にはこれ以上関わる必要もない。
エリス教団とアクシズ教団が競い合い、祭りが盛り上がってくれる事が俺の望みだ。
これだけ煽ってやれば、後は勝手に盛り上がってくれるだろう。
争え......もっと争え......!
「おいカズマ。祭りの許可とはどういう事だ?」
「争......おう、商店街の会長がな。祭りが盛り上がるしエリス教団とアクシズ教団の共催って形にしてくれるんだと」
「本当に許可をもらってきたのか。一体どうやって......。いや、どうせお前の事だ、ロクでもない手を使ったのだろうからあまり聞かないでおこう。ああ、よりにもよって私が領主代行の時にどうしてこんな......」
そう言って、ダクネスはため息を吐きながらパスタを口に運んだ。
「んっ......。このパスタは美味いな。というか、今日の料理はどれも美味い。当家で召し抱えている料理人並みとまでは言わないが、十分店で出せるレベルだぞ。今日の料理当番は誰なのだ?」
「作ったのは俺だよ。......ああそうか、お前は領主とのゴタゴタで家出してたから知らないのか。俺、料理スキルを取ったんだ。ほら、大金も手に入った事だし今後はのんびり暮らそうと思ってな。となると、冒険に役立つスキルなんかよりも生活が潤うスキルの方がいいだろ?」
俺の言葉にダクネスが頭を抱えた。
「お、お前......。逃走スキルなんてものを取った時から嫌な予感はしていたが、一体どこへ向かおうとしているのだ......。料理スキルは、普通はコックが習得するスキルだぞ?」
そんな事言われても。
7
それからは、アクアが毎日アクシズ教会に通い詰めて祭りの準備をしたりしながらも、しばらくは平和な日が続いていた。
そして、そんなある日の夜の事。
時刻は深夜を回り、後数時間もすれば夜が明ける頃。
俺とクリスは、標的となるアンダイン邸の前に立っていた。
「助手君、どうしてこんな時間なの? もう少し早めの方が良かったんじゃない?」
「人間、この時間帯の方が深く眠ってるものなんですよ。眠ってすぐだとちょっとした物音で目覚めるもんなんです。日本で家族と暮らしてた頃、こっそり飯を取りに下りるのはこの時間帯がベストでしたね。これは、俺の日々の生活で培った知恵ですよ」
今の俺達は佐藤和真とクリスではなく、銀髪盗賊団の助手とお頭だ。
例の仮面を被った俺は、黒装束に身を包み、大きな荷物を背負っていた。
今夜は都合の良い事に曇り空だ。
星や月の明かりもなく、辺りはすっかり闇に包まれていた。
「もうキミには何も言わないよ。......それより、その大荷物は何なのさ? 風呂敷の中に何が入ってるの?」
クリスは俺の荷物が気になった様だ。
俺が背負っているのは衝撃吸収用の防音材。
いつか俺がコツコツと作っていたぷちぷちだ。
試作品第一号は頭のおかしい子に雑巾絞りされてしまったが、あの後第二号、第三号を作っておいた。
なにせ鎧を盗むのだ。
そのまま持っていったのではガチャガチャと音が鳴り、住人を起こしてしまう。
説明を聞いたクリスは感心した様に目を見開いた。
「なるほどねえ......。......ねえ助手君、それって日本にもあったぷちぷちでしょ? 潰して遊ぶと楽しいってやつ。......あのさ、ちょっとだけ」
「潰させませんよ、これ作るのってめんどいんです。それよりさっさと行きましょう」
──俺達は闇夜に紛れて屋敷に向かう。
正直言って今回はあまり難易度は高くない。
王城へ侵入するのに比べれば容易いものだし、アンダイン家は貴族とはいっても、ダクネスの家ほど大きな家柄でもない。
屋敷の前にも夜通し佇む警備の者はおらず、中に見回りがいるかどうかも怪しいものだ。
千里眼スキルによる暗視能力を十二分に活用し、俺は屋敷の壁に張り付いた。
「そういや気になってたんですが。お頭も女神なんだから、アクアみたいな暗視能力は使えないんですか?」
「この体は地上での仮の姿だからね。先輩みたいに直接降りて来ちゃったわけじゃないから、悪魔やアンデッドの正体を見通す眼もなければ、邪悪な気配を感知する事も出来ないよ。その代わり、女神オーラも出ないからアンデッドにたかられる心配もないけどね」
なるほど、それはそれで今みたいな時には不便だな。
「それじゃお頭、手を握っていてくださいね。俺が先導しますから」
「助手君、別に手を握らなくても大丈夫だよ、以前王城に行った時もちゃんと付いていったじゃないか」
「何言ってるんですか。あの時はまだ月明かりがありましたけど、今夜は星一つ見えない曇り空です。一瞬の油断が命取り。王城への侵入に比べて簡単そうだからって甘く見ちゃいけませんよ。ほら、さっさと手を......」
「佐藤和真さん、私へのセクハラは強烈な天罰が下りますよ? 急にお腹を壊した時、トイレに駆け込もうとしたら先客がいるとか。そしてかろうじて間に合ったかと思えば紙がないとか」
「調子に乗りました許してください」
アクアの微妙な天罰と違い、エリスの罰はシャレにならない。
俺は軽く震えながら壁に沿って先に進むと、屋敷の裏口へと辿り着く。
「今日は堂々と行きましょう。見張りがいない事ですし、罠発見スキルと解錠スキルでなんなくいけます。それよりも、問題は鎧を盗んだ後ですね。さっきの梱包材でどれだけ音を防げるか......」
「その辺は助手君の作ったアイテムを信じようか。いざとなったら、あの王城の時みたいに強行突破で!」
あの時の侵入劇を思い出したのか、クリスは楽しそうに言いながら鍵を開けた。
今になって思い返せば、俺もあの時はちょっとだけ楽しかった。
なぜだかやたらとテンション高かったし。
「それにしても助手君の仮面はやっぱ格好良いねえ。それってこの街の魔道具店で買ったって言ってたよね? キミの屋敷のソファーにも、その仮面を付けたおかしな人形が置いてあったのが気になってたんだ。この仕事が終わったら、あたしにもその店案内してよ」
「構いませんけど......。お頭はそこの店員と喧嘩しませんか? 魔道具店のバイトとアクアが凄く仲が悪くて、顔合わせる度に喧嘩するんですよ」
「しないよ、喧嘩なんて。まったくもう、先輩は誰とでも喧嘩するんだから......」
そういえばクリスの時は仮の姿だって言ったけど、バニルが今のクリスを見てもその正体を見抜けるのだろうか。
クリスはこの体の時は女神の力を使えないみたいだし、案外二人を会わせても気付かない可能性もある。
......いやいや、うっかり正体がバレて死闘を繰り広げられても困るし、やっぱり会わせるのは......。
「よし、開いたよ。それじゃ行こうか助手君」
8
アンダインの屋敷内は予想通り見回りもいない。
まあこの街は他に比べて犯罪率も低いらしいし、そこら辺の理由もあるのだろう。
明かりもない真っ暗な廊下を俺が先行して進んでいく。
クリスが宝感知のスキルを使い、反応があった方に進んでいるのだが......。
「お頭、いちいちお宝の前で止まらないでください。神器だけを頂いてとっとと帰って寝ましょうよ」
「う、うん、それは分かってるんだけどね。なんていうか、目の前にお宝があると盗賊の血が騒ぐっていうか......。これ一つで貧しい子供達がどれだけ助かるんだろうって考えると、ついつい手が......」
道中の絵画や調度品の前で、クリスが度々引っ掛かっていた。
「義賊をやるのは俺がいない時にしてくださいよ。それにどうせ盗るのなら、宝物庫に行けばもっと価値があって嵩張らない物がありますよ」
「それもそうだね。助手君も何だかんだで盗賊のなんたるかが分かってきたね。......キミもそろそろレベルも大分上がって他の職業に転職出来る頃じゃない? 冒険者から盗賊にクラスチェンジしなよ」
「俺はこれからは快適で退廃した生活をする予定だから、弱くても色んなスキルを覚えられる冒険者のままがいい。次はクリエイトアースゴーレムってスキルを狙ってるんだよ。これを使って、俺の代わりに家事をやるゴーレムが作れないかなって」
「......キミは本当に魔法やスキルの無駄遣いが好きだね。女神として言わせてもらうと、魔王との戦いに備えてちゃんとしたスキルを取って欲しいんだけど......」
この世界において一番多く死んでる俺に無茶を言う。
──クリスの宝感知を頼りに進んでいくと、やがて重厚な扉のある部屋に行き着いた。
と、習得したはいいものの普段役に立っていないスキルの一つ、罠感知に反応が。
「さすがに罠の一つくらいは仕掛けてあるみたいだね。どれどれ......。おっと、警報の罠だね。......ねえ助手君」
「俺だってバカじゃありません、以前王城に忍び込んだ時みたいな事にはなりませんよ。......ほ、本当だからその目は止めてくれよ......」
クリスが罠を解除している間に、俺は念のために敵感知スキルを使い、誰も起き出してこないか辺りを探る。
「............?」
敵ではない。
敵ではないのだが、宝物庫の中から妙な気配が。
それも、人の気配でもなければモンスターの気配でもない。
「よし解除出来た! 鍵も開いたよ助手君!」
クリスはそう言って扉に手を掛け、
「あっ、ちょ、ちょっと待ってくださいお頭、この中に」
俺が謎の気配の事を教える前に、開け放った。
「......? どうしたの助手君?」
「あれっ?」
宝物庫の中には誰もいなかった。
勘違いかと思うも、未だにその辺から気配を感じる。
しかし、そこにあるのは大量の変なアイテムとお宝の山で......。
「助手君助手君見てごらん! これなんてかなりの値打ち物だよ!」
「あっ、お頭ズルいですよ、それ俺が狙ってたのに!」
俺はそんな気配の事なんて忘れ、お宝漁りに夢中になった。
「一応言っとくけど、盗んだお宝は全額寄付するんだからね? 悪党相手でも私利私欲のために盗みをするのは......」
「ひゅーっ、なんだこれ超キラキラしてる! 凄え高そう! おっ、なんだこの変な石。アクアが変わった形の石を集めてたっけ、お土産に持ってってやろう」
「......ねえ、助手君聞いてる? ダメだからね? 本当にダメだからね?」
と、俺はふと気が付いた。
この部屋には金目の物はあるものの、肝心の鎧がない事に。
「お頭、神器とやらが見当たらないんですが」
「えっ!? あれっ、ほんとだ。神器級のお宝の気配はするのにどうしてだろう?」
先ほどの気配がなんとなく気になった俺は、そちらの方に目を向けた。
その方向には壁があり、特に不自然な物も......。
「うおっ!?」
壁をぺたぺたと触っていると、その一部がボコリとへこみ、忍者屋敷の回転壁の様にくるりと回った。
「隠し扉か、やるねえ助手君」
「こう見えてお頭の次に運が良い自信がありますから」
そんな軽口を叩き合いながら、俺達は壁の向こうの部屋に入る。
──部屋の真ん中には、まるで封印でも施されたかの様に鎖でがんじがらめに縛られた鎧があった。
白銀色のその鎧は、完成された芸術品を思わせた。
継ぎ目の一つも見当たらない、滑らかな表面の全身鎧。
それは鎧の価値など分からない俺からしても、なぜか見ているだけで胸が高鳴り、これを装備出来れば何者にも負けないと、そんな気がしてくる代物だった。
「これが......」
「うん。これこそが聖鎧アイギス。......この世で最も頑強で、これを身に着ける者に勝利をもたらす神器だよ」
俺達は縛られた鎧に近付くと、改めてそれを見た。
「よく見ると、そこかしこに傷があるな」
俺がこぼした一言に、クリスは感慨深そうに鎧に手を置く。
「......そうだね。魔王軍を相手にずっとご主人様を守り続けてきた鎧だからね。この鎧の持ち主はどんなに激しい戦いでも、最後まで誰にも負けなかったんだよ」
鎧に付いた小さな傷を、一つ一つ確かめる様に。
「ご主人様が病で亡くなる最期まで、キミはよく頑張ったね......」
クリスは鎧に向かって小さく溢すと、触れたその手で優しく撫でた。
ああ、こういうところが本物の女神様っぽいんだよな──
俺がクリスの横顔を見ながら、そんな感想を抱いていたその時だった。
《おい坊主、気安く触ってんじゃねえよ》
しんみりしていた空気を壊し、突如として頭に響いた男の声。
それは鎧を触っていたクリスにも聞こえた様で。
「えっ。ぼ、坊主? それってあたしの事!? いやなにこれちょっと待って!? 今の声ってキミなの!? 聖鎧アイギス!?」
《おっ、なんだよなんだよ坊主じゃねえのか。それならもうちょっとだけ触っていいぞ。では改めて、初めましてだお二人さん。俺の名は聖鎧アイギス。喋って歌えるハイブリッドな神器さあ。愛称はアイギスさんでよろしく頼むわ》
おい、何だよこのぺらぺら喋る神器は。
俺が敵感知で感じた妙な気配はこいつだったのか。
「え、えっと......。神器が喋るって情報はなかったからちょっと驚いちゃったよ。それでね、アイギス」
《アイギスさんだって言ってんだろ小僧》
「小僧じゃないよ! ていうか、神器のクセになんでそんなに態度デカいのさ!」
「お頭、夜中に侵入しに来てるのに、無機物と喧嘩してる場合じゃないですよ! そんな事より目的を!」
口の悪い神器の胸元をぽかぽか叩き喧嘩を始めたクリスを押さえ、俺は当初の目的とばかりに背負っていた荷物を下ろす。
クリスはふと真顔になると、叩いていた鎧の胸元に手を置いた。
「......そうだった。ねえアイギス......さん。あたし達がこうして侵入してきたのは、もう一度キミの力を借りたいからなんだよ。あたしが、キミの新しい持ち主を探してあげる。その人は、前のご主人様と同じ異世界人。日本ってところから、この世界を救いにやって来る予定の人だよ!」
そう言って、アイギスを力付けるかの様に笑みを浮かべ......!
《あ? 何言ってんだお前、何で今更そんな事しなきゃなんねーのよ。俺は嫌だよ? だって俺の力を貸して欲しいって事は、そりゃ鎧として持ち主を守れって事だろ? バッカじゃねーの? 鎧だって叩かれりゃあ痛いし、この格好良いピカピカボディに傷も付くっつーの! 大体、その持ち主はどんなヤツよ。俺のお眼鏡に適うヤツなのか?》
アイギスの罵倒に、笑顔のまま固まった。
「......その、ハッキリとは断言出来ないけど、正義感と勇気溢れる、とても優しい......」
《違う違う、中身なんてどうだっていいんだよ! 要は外見だよ外見! 巨乳か? スレンダー系か? 言っとくけどガキはNGだぞ。あ、美人系よりも可愛い系がいいかな。前のご主人は剣士だったし、今回も剣士系がいいな。鎧の下は薄着で頼むわ》
......。
「なあ、この下品な鎧って本当に必要なのか? こんなもん海の底にでも沈めちまおうぜ」
「助手君、気持ちは分かるけどこれでも神器。うん、気持ちは凄く分かるんだけど、我慢しようよ」
このわけの分からない鎧を一応持って帰るらしい。
俺は無言のまま黙々と荷物から梱包材であるぷちぷちを取り出し......、
《ん? おいおい、そこの黒髪の小僧は一体何しようとしてんだよ。......つーかよ、ちょっと聞きたいんだけどお前ら誰? そういえばさっき、『夜中に侵入しに来てるのに』って言ってなかったか?》
アイギスは俺に向かってそんな事を。
「そうだよ、俺達は侵入者だ。今からお前を持って帰って、ちゃんとした持ち主に渡すんだよ。お前は神器で聖鎧なんだろ? だったら頑張って働けよ」
俺の作業を横目に見ながら、クリスがアイギスを縛る鎖に手を掛ける。
「日本から送られてくる人って、女の子はあまりいないから、キミの希望に添えるかは難しいんだけどね。でもまあ、もし女の子がやって来たらそっちを優先してあげるから......」
と、そこまで言った時だった。
アイギスは屋敷内に響く大声で。
《人さらいー!!》
お前は人じゃなく鎧だろとツッコみたくなる事を絶叫した。
1
酷い目に遭った。
昨夜はアイギスが叫んだおかげで屋敷の住人達が起きだし、俺とクリスは盗る物も盗らずに慌てて逃げた。
誰にも姿は見られなかったと思うが、指名手配されている身としては気が気でならない。
夜が明ける前に自宅に帰った俺は、激しく逃げ回っていたせいで昂ぶっていた気持ちも落ち着き、ようやく眠りに......、
「おはよう! ねえカズマ、朝よ起きて!」
就こうとしたところを邪魔された。
丁度ベッドに潜り込もうとしたところを邪魔され、俺はドアを開けると食って掛かる。
「お前、こんな時間からなんだってんだよ! 俺は昨日から一睡もしてないんだ、今から寝るとこなんだから静かにしろ!」
普段は俺とほとんど変わらないくらいの時間まで寝ているこいつが、今日に限って早起きしているのには予想が付く。
「なーに、カズマったら寝てないの? でも私、カズマがどうして寝てないのかその理由を知ってるわよ」
突然そんな事を言ってきたアクアに、俺は思わずギョッとする。
誰にも見つからない様に屋敷に戻ってきたはずなのだが、まさか気付いてたのか?
というか、俺が盗みに入った事まで知っているのか?
コイツ、あながちただのアホでもないのかもしれない。
「カズマも今日から始まるお祭りの準備が楽しみで、眠れなかったんでしょう? 大丈夫、別に恥ずかしい事なんて何もないわ、だってお祭りだものね!」
コイツを警戒していた俺の方がアホだった様だ。
やたらとテンション高いアクアはカーテンをシャッと開け、パジャマ姿のまま嫌がる俺に服を渡す。
「祭りの準備なんて昼からでもいいだろ? こんな朝早くから何するんだよ......」
「カズマったら何を言ってるの、私達は冒険者でしょう? なら、モンスター討伐に決まってるじゃない!」
......?
「祭りの準備じゃなかったのか?」
「祭りの準備よ?」
コイツは何を言っているのだろう。
「ダクネスやめぐみんも既に準備は出来てるわ! ほら、カズマも早く準備して! でないと私達だけ出遅れちゃう!」
出遅れる?
いや、本当になんなんだ。
俺は言われるがままに着替えると、装備を身に着け──
冒険者ギルドに来た俺は、ドアを開けると固まった。
「......どうなってんだ。今日に限って、朝っぱらから何でこんなに人が多いんだよ」
そこには仕事を求めて掲示板に群がっている、大量の冒険者達の姿がある。
さっぱり意味が分からない。
俺と一緒に大物賞金首クーロンズヒュドラを狩りに行ったのはついこないだの事。
となれば、彼らは今懐も温かいはず。
それなのに......。
「山に巣を作った、レッサーワイバーンを狩りに行く人はこちらです! 現在バインドが使える盗賊と、空の敵という事で狙撃が可能なアーチャーを特に募集してます! 強敵ですが、その分報酬は弾みますよ! 参加者あと六人です!」
「森に昆虫型モンスターが大発生してまーす! 大量にいるので、こちらも人数を必要とします! 数十人による大規模な討伐となります、職不問、レベル不問!」
「平原にも草食型のモンスターが大量発生してますので、そちらの方もお願い致しますね。放っておくと、彼らを餌にする大型のモンスターが集まってきます、その前に駆除を願います。現在ギルドでは、様々な支援物資を無償で提供するキャンペーン中です! 討伐報酬も普段より上乗せします! この機会に頑張ってお仕事してくださーい!」
あちこちでそんな声が飛び交い、人がバタバタと駆けて行く。
「なあ、なんでこんな事になってるんだ?」
疑問に思った俺は、隣にいたアクアに尋ねる。
「そりゃあもちろん、この近辺のモンスターを駆除しないと安全にお祭りが行われないから皆必死なのよ。強いモンスター達が活発化する冬と違って、夏は弱いモンスターが最も行動的になる季節。この時季はモンスターの討伐報酬だって上乗せされるし、冒険者達にとって絶好の稼ぎ時ってわけね」
なるほどなあ。
しかし、それにしたってこないだのヒュドラ戦で稼いだ連中は、もうちょっとダラダラしそうなもんだけど。
......と、見慣れた冒険者グループを見つけた俺は、その連中に近付いた。
「よう、お前らも来てたんだな。金のないダストはともかくとして、他の皆までどうしたんだ? 懐は温かいだろうに」
そこにいたのはダスト達のパーティーだった。
弓の調子を念入りに確かめるキースはそんな俺に小首を傾げる。
「カズマの事だから真っ先にこの大規模討伐に参加すると思ってたんだけどな」
......なぜ俺が?
「ああ、例の店の常連なカズマが珍しいな。この時季になると、男の冒険者は何を置いても大規模討伐に参加してるぞ」
いつになく真剣な表情で剣を研いでいたダストまでもがそんな事を言い出した。
「どういうこった? お前らそんなに祭りが楽しみなのか?」
「祭り? ああ、女の冒険者達は祭りの開催のために活発になったモンスターを駆除してるな。女冒険者には敬虔なエリス教徒が多いし。でも、俺達はそんな理由じゃない。ここにいる男達は、皆森でのモンスター討伐を希望している」
森?
森なんかよりも街の周辺のモンスターを狩った方がいいんじゃあ......。
というか、他の冒険者達がこれだけ頑張っているのだ、もう俺達は頑張らなくてもいいのではないだろうか。
もう帰ろうかと思っていたその時。
混雑するギルド内で冒険者達に各種支援物資の供給をしていた男性職員が、
「皆さん、森に大発生したモンスター討伐は特に責任重大です、頑張ってくださいね! 今年の祭りの開催期間中を快適に過ごせるかどうかは、皆さんの手に掛かっています! 是非とも増えすぎたモンスター駆除にご協力を......!」
冒険者達に大声で、そんな檄を飛ばしていた。
「......なあ、夏を快適に過ごすのと、森のモンスター退治がどう関係あるんだよ」
俺の疑問にアクアが言った。
「? そんなの、モンスターが増えたら街の人達が近場の森で仕事が出来なくて困るからでしょ?」
「いや、そりゃ分かるんだがな、そんなの森に限らずどこでだって困るだろ」
そんな俺の言葉にめぐみんが。
「蟬です」
ポツリと一言、忌々しそうに言ってきた。
蟬。
あのミンミン鳴く、夏の風物詩はこの世界にもいたのか。
「ああ、モンスターが森に蔓延っていると、蟬取り業者が仕事が出来なくて困るのだ。蟬取り業者が仕事が出来ないという事は、当然だが蟬が街まで飛来する。蟬が飛来するのは大体祭りの開催時期と被るのだ」
ダクネスがいつになく真面目な顔で言ってくる。
「蟬が何だってんだよ、夏の風物詩だろ? あいつらは長く土で暮らした後、夏の間だけ短い命を振り絞って精一杯鳴くんだぞ。ちょっとばかり五月蝿いからってかわいそうな事すんなよ。そんなのは人間のエゴだし、その考えは俺は嫌いだな。......だから、俺はそんな蟬達をそっとしておくため、家に帰って寝るとする」
言いながら、帰ろうとする俺の襟首をダクネスとめぐみんが同時に摑んだ。
「そう言えばカズマは、ここの常識に詳しくないあんぽんたんだって事を忘れていたわ。いい事カズマ。この国の蟬達はね、それはもう気合が入っているの。日本の蟬の命は一週間。でも、魔力や生命力に満ちあふれたこの辺りの蟬達は長命で、なんと一月近くも生き延びるの」
アクアが、腕を組みながら説明しだした。
激しく生きるって言ったって。
「アレか、どうせここの蟬は何かあるんだろ? 飛び立つ時に引っ掛けていくオシッコが強烈に臭いだとか。蟬だってオシッコくらいするだろ。それに長命って言ったってたったの一月? そんなもん、そっとしといてやろうぜ」
そんな俺の言葉に、めぐみんとダクネスが顔を見合わせる。
こいつは本気で言っているのかとでも言うように。
「あのね、カズマ。この蟬は日本の蟬とは大きく違うところが二つあるわ。一つは、蟬の声量がとても大きい事。そうね、日本の蟬の数倍ぐらいだと思ってちょうだい」
あのやかましいのが数倍の声量。
いや、それは確かに迷惑だが......。
「あと......。この蟬は夜だろうと鳴き続けるわ」
超迷惑!
2
街の近くの森の中。
「では、防御に自信がある前衛職の方は、モンスター寄せのポーションを体に塗ってくださいねー。皆さん、相手は格下の昆虫型モンスターばかりとはいえ、数が多いので油断はしない様にお願いします!」
多くの冒険者達を従えたギルド職員が、森の中心部にてアナウンスを行っていた。
今回の様なクエストは大規模狩りというらしい。
数が増えすぎて一パーティーでは討伐が困難になったモンスターの群れを、ギルド職員指揮の下、多くの冒険者パーティーが寄り集まって退治する。
日頃こんな所には出張ってこない職員だが、こういった、統率する者が必要な場合には出てくるそうな。
というのも、冒険者は協調性がない自由な連中が多く、職員が指揮しないと揉め事が起きる。
たとえば、そう。
「領主代行の私が全てのモンスターを引き受ける! そう、これは民を守る私の役目だ! だからポーションを全部寄越せ!」
「ダメですよ、これは単にモンスター寄せってだけではないんですから。大量に塗りこむと、モンスター以外の生物にまで攻撃を喰らいますよ」
「ぜ、是非とも望むところではないか!」
こんなヤツとか。
「おい変態、ギルドの人に迷惑掛けるな。お前はウチのパーティーの連中だけ守ってくれればいいから」
「ああっ! 夏のモンスターは苛烈なんだ、頼むカズマ、後生だから......!」
モンスター寄せポーションを全部寄越せと、駄々をこねていたダクネスを引っ張りズリズリと連行していく。
この地点での駆除の参加者は俺達を合わせて三十人ほど。
大体が四人か五人パーティーの様だ。
そんな連中の中でも、一際頑強そうな連中がポーションを体に塗り付けていた。
それに倣ってダクネスも、支給されたポーションを体に......。
「......お、お前ってヤツは......。ちゃんとギルド職員の話を聞いていたか?」
ダクネスが、職員から数本多めに貰ってきたらしいポーションを、自分の体にドパドパと振りかけていた。
呆れたような俺の言葉に、だがダクネスは、
「フフッ。日頃お前に散々働けだの言っておきながら、自身が矢面に立たないでどうする。クルセイダーは盾職だ。私が全てを引き受ける。しかし、今日はお前もいつになくやる気みたいだな。守りはこの私に任せ、安心して暴れてこい!」
久しぶりのクエストに昂ぶっているのか、ダクネスはそんな格好良い事を宣言し、自信たっぷりの表情で不敵に笑った。
「当たり前だ、街の人達の安眠のため、悪いがモンスター共々蟬達を駆除させてもらう。今日の俺は一味違うぞ、まあ見とけ!」
ダクネスの言う通り、今日の俺はいつになくやる気だ。
この世界の蟬の習性を聞いて、他の男性冒険者が乗り気な理由が分かった。
蟬だ。
そう、夜通し鳴く蟬のせいで安眠出来ないとなると、当然素敵な夢を見させてくれる例の店も意味を成さなくなる。
それも、一月もの間耐えなくてはならないわけだ。
と、俺やダクネスに触発でもされたのか、
「二人ともやる気みたいですね。なら私は、誰よりも多くのモンスターを討ち取ってみせますよ。カズマ、見ていてください!」
そんな俺達に対抗でもするかの様に、めぐみんも自信あり気に微笑する。
となると、この流れだと当然......。
「......? どしたん? なんで私を見ているの?」
「あれっ? ......いや別に。こういった時って、大概お前が真っ先に調子に乗って何かやらかすのにって思ってな」
珍しく大人しいアクアに問うと。
「あんたねー、私を何だと思ってるの? 私にだってちゃんと学習能力ってものはあるんです。見てなさい? きっと調子に乗ったあんた達は、討伐の終盤にはロクな事にはならないわ。......賢い私は学習したの。調子に乗るとロクな事にはならないんだって」
「!?」
俺は思わず、自分の耳を疑った。
アクアが......。
この、何かすれば余計な厄介事を引き起こし、何もしなくてもアンデッドにたかられるこのアクアが......!
俺はアクアの成長に、何だか目頭が熱くなり......。
「!? ど、どうしたの!? 一体どうしたの!? ねえ、カズマはどうして泣いてるの?」
俺は不安気な声を出すアクアから視線を外し、仲間の成長に感動して、そっと目頭を押さえていた。
そんな俺とアクアのやり取りは聞こえなかったのか、ダクネスとめぐみんが不思議そうにこちらを見る中。
「冒険者の皆さーん! モンスター、第一陣が集まって来ましたよ! 殺虫剤も大量に用意してあります。では、お願いします!」
ギルド職員の声が轟いた──
迫り来るのは昆虫型のモンスター達。
耳障りな羽音を立てて、敵寄せのポーションを被った連中に突撃を敢行している。
「うあー! ちょっ......! 数が多い! 援護を頼むー!」
それはとある前衛冒険者の叫び声。
見れば、飛来してきた子犬大のカブトムシみたいなのにたかられていた。
子犬ほどの大きさとはいえ、それは十分な脅威になる。
飛んでいるカブトムシの角は、走っている車のフロントガラスに突き刺さる事もあると聞く。
どうせこの世界のカブトムシも、気合が入っているだか何だか知らないが、きっとロクでもないのだろう。
と、そんな思いで見ていると、飛来してきたカブトムシ達が勢いはそのままに。
その小さな体に回転でも掛けるがごとく、角を捻ってえぐり込むように......!
「あふっ!?」
一人の冒険者が、その突撃を腹に受けて悶絶する。
金属を打つ甲高い音。
金属鎧を着込んでいたその冒険者の腹には......。
「いってえええええ! 畜生、少しだが腹に刺さってる! 気を付けろ、安物の金属鎧だと穴が開くぞ!」
痛みを堪え涙声で叫ぶ冒険者の鎧には、カブトムシが深々と突き立っていた。
なんて攻撃的なカブトムシ!
その冒険者の鎧に刺さったカブトムシを慌てて他の冒険者が抜いてやる。
それと同時に、腹にダメージを受けた冒険者の体が淡く光った。
「うおっ......!? ......おおっ、回復魔法か!」
アクアがヒールを掛けたのだろう、冒険者は痛みがなくなった事に驚きの声を上げた。
続いて、盾代わりとなっていた冒険者達の体がほんわりと淡く輝き出す。
アクアがそこかしこの冒険者達に支援魔法を掛けまくっているのだ。
どうしたんだ今日のアクアは、なぜこんな出来る女に......!
俺が感動と驚きに包まれていると。
「二十匹までいける! 二十匹までいけるっ!! もっと、もっとおかわりを!」
次々飛来するモンスターから、盾代わりとなっている冒険者達の中央で、ウチのクルセイダーが一番多くの攻撃を受け止め嬉々として叫んでいた。
先ほどの宣言通り、今日のダクネスはちょっと頼りになるし格好良い。
仲間達の思わぬ活躍。
俺もこうしてはいられない。
ギルドから支給された、竹で出来た水鉄砲みたいなタイプの殺虫剤。
それらを向かいくる昆虫型モンスターに散布した。
他の冒険者達も、盾職の連中を援護するように次々と散布を始める。
飛来するのはカブトムシだけではない。
クワガタみたいなヤツや、カマキリみたいなヤツ。
他にも様々な昆虫型モンスターが飛来してくるが、どれも軒並み体がデカい。
たかが虫だと思っても、そこは腐ってもモンスター。
そこかしこに負傷者も出る中で、アクアが頑張ってそれを治療していた。
それも、調子にも乗らず黙々と。
俺がアクアを援護しようと殺虫剤を振り撒いていると、服の端がクイクイと引っ張られる。
「まだですか? カズマ、私の出番はまだですか!?」
皆の活躍を目の当たりにしためぐみんが、爆裂魔法を放ちたくてうずうずしていた。
自分も派手に活躍したいらしい。
だが......。
「悪いがお前の出番はなしだ。なにせ森の中だからな。魔法を放つにしてもその辺の木に当たれば大惨事だ。今日はそこで大人しく」
「『エクスプロージョン』ッッッ!」
最後まで言わせるかとばかりに俺の言葉を遮って、めぐみんが突然魔法を唱えた。
俺達がいた森のかなりの上空。
そこに轟く爆音と、目もくらまんばかりに輝く閃光。
それらと共に爆風が吹き荒れると、後に残っていたのは地に倒れ伏した冒険者達とダクネスの姿だった。
小さな昆虫型のモンスター達は、その衝撃波の余波に耐え切れなかったのか、全て地に転がって動かなくなっていた。
辺りにうめき声が聞こえる中、アクアだけはどう回避したものか、地に転がる人達にせっせと回復魔法を掛けて回っている。
めぐみんが、俺と共に地に転がったままでポツリと言った。
「めぐみんは、レベルが上がった」
「バカ野郎!」
俺はムクリと起き上がると、恍惚とした表情で満足気に仰向けに寝転がっているめぐみんを起こしてやる。
「お前ってヤツはどうしてダメだって言うとやるんだよ! 見ろ、この惨状を! お前皆に謝っとけよ!?」
「カズマが私の出番はなしだなんて言うからですよ。この街の冒険者は既に爆裂慣れしてますから大丈夫ですよ」
堂々と開き直るめぐみんの言葉通り、あちこちに転がっていた冒険者達が文句の一つも言わず、何事もなかったかの様に起き上がる。
こいつらも大概だな......。
俺も皆の下へと近づくとダクネスが起き上がろうとしているが、鎧が重く苦戦中の様だった。
そんなダクネスが、身を起こそうとジタバタしながら。
「......なんだろう、体がチクチクするんだが」
言って、不思議そうな表情で首をかしげ......。
俺はダクネスの鎧を見て、ギョッとしながら後ずさる。
「おま......っ! 鎧! 鎧に蟻がたかってる!」
見れば地面に転がったダクネスは、そこら中を蟻にたかられていた。
職員の言葉を無視して敵寄せポーションを大量に浴びたせいだろう。
蟻にたかられているダクネスから後ずさる、俺やアクアの視線を受けながら、
「ああっ......! ちょっ、カズマ、頼む! なんというか、痒い! 蟻が鎧の中に侵入してきているらしい、私に殺虫剤を振り掛けるか、クリエイトウォーターで水を......!」
自分では鎧の中が搔けない上に簡単には脱げもせず、ダクネスはジタバタしながら悲鳴を上げていた。
もう面倒臭いし自業自得なので放っておく。
やがて転がっていたギルド職員も、荒くれ冒険者達のこんな行動には既に慣れているのか、文句を言う事もなく起き上がる。
「皆さんご苦労様でした、では、そろそろ第二波が参りますので......」
......第二波?
淡々とした職員の言葉と同時に、大量の虫の羽音が聞こえてきた。
おそらくは、森を揺さぶるような爆裂魔法の衝撃と震動で、木々の虫達を怒らせてしまったのだろう。
「......これはあかん」
「わああああああ、カズマさーん! 私、凄く嫌な予感がするんですけど!」
今回は珍しく大人しかったアクアが、不安が入り混じった表情で叫びを上げた。
その予感は的中したらしく、縄張りを荒らされて怒った数百を超える虫達が......!
「退避、退避ー!」
俺の叫びに辺りの冒険者達とギルド職員が、蜘蛛の子を散らすように逃げ惑った。
「──うっ......。ぐずっ......。私、今回は真面目に頑張ってたのに......。調子にも乗らずに大人しくしてたのに......」
ギルド職員や他の冒険者達と、街に帰る道すがら。
虫にたかられて髪を乱し、泣いているアクアを引き連れて、俺は深々とため息を吐いた。
俺の背中におぶわれたまま、一人モンスターの群れに爆裂魔法を叩き込めてご機嫌なめぐみん。
いや、他の冒険者達も、最後は危険に晒されたものの、比較的安全に大量のモンスターが討伐された。
その多額の討伐報酬が均等に分け与えられる事となり、彼らもご機嫌な様子だった。
そして。
「んっ......。く......っ。ハア......ハア......カズマ......。カ、カズマ......、新感覚だ......。新感覚だぞコレは......」
未だに鎧の中は蟻にたかられているのか、赤い顔でバカな事を口走っているダクネスが、先ほどまでは痛痒いと半泣きになっていたのに、今では満悦そうだった。
俺はどうしてあの時、この変態を助けるのに全財産を投げ出せたのだろう。
3
それからは、忙しくも充実した日々だった。
朝はモンスター討伐に出掛け、昼からは祭りの準備に奔走する。
普段なら乗り気じゃないモンスター退治も、例の店......、いや、来たるべき祭りのためだと思えばあまり苦痛にもならなかった。
引き籠もりだった俺にも、文化祭などの学園生活を楽しみたいという想いがあったのだろうか?
俺は毎日の様に商店街の役員会議に出向き、この祭りが成功する様にとの純粋な願いから様々なアドバイスをした。
【祭りまで後一週間】
「──各店の売り上げ向上策の一つとして、出店の売り子さん達は皆水着にすればいいんじゃないかと思うのですよアドバイザーとしては!」
俺はバンとテーブルを叩きながら、アドバイザーとして熱く語る。
「それは素晴らしい、素晴らしいのだが、しかし! それをあまりにやり過ぎると、警察から指導が入るのではありませんか!?」
「指導が怖くて祭りが出来るか! アドバイザー殿の言う様に、売り上げが伸びるのは間違いない! 売り上げが伸びると分かっていてやらない商売人がどこにいる!」
「いや、会長の懸念ももっともだ。目先の利益を求め、来年以降の祭りを縮小されるのも困る。......くそっ、売り子を水着にさせる大義名分さえあれば......」
悩む会長。
唸る役員。
そんな彼らを見回すと、俺は秘策を持ち出した。
「俺に考えがある」
その一言に、会議室内の空気が変わる。
「なんだと!?」
「アドバイザー殿、それは!?」
そんな彼らを見返しながら。
「今年の祭りは女神アクア感謝祭の名も付いている。そう、祭りの横断幕に水の女神の名が躍っているんだ」
その言葉に同席していた役員達がハッとする。
「水の女神の祭りという事で、あちこちで水着を着た売り子さん達に打ち水をさせよう。それなら、水を被っても平気な格好をしているだけだと言い張れる。それに、祭りの開催期間は一年の内で最も暑いと聞く。なら、熱中症対策も兼ねていると言えばいい。万が一何か言ってきたら、『じゃあ熱中症で誰かが倒れたら、あなたが責任取るんですか?』とでも言ってやれ。責任という言葉に弱い役所の人間はこれで静かになるはずだ」
「天才だ! アドバイザー殿は天才だ!」
「祭りが終わったら、ウチの店のアドバイスも頼みたいものだ!」
会議室内には拍手の音がいつまでも鳴り響いた。
「──なあカズマ。祭りの実行委員の方から、『熱中症対策及び女神アクア感謝祭概要書』というのが届いているのだが、確かお前も役員の一人だったな? これは一体......」
「ああ、祭りの当日は暑いからな。熱中症対策としてあちこちで打ち水をする事になるが、そんな折に売り子達が普段着で仕事なんてしてみろ。水を被って下着が透けたりしたら大変な事になるだろ? 水着なら恥ずかしくないもんってやつだ。俺は、自分の国ではこういった祭りになかなか参加出来なかったからな。今回の祭りはどうしても成功させたいんだよ......」
「そ、そうか。すまなかった、変に勘ぐってしまった。そういう事なら問題ない、許可しよう。そうだな、皆と過ごす初めての夏祭りだ。ぜひ成功させようではないか」
と、まだ政治に不慣れな領主代行、ダクネスの相談にも乗ったりもした。
【祭りまで後三日】
アドバイザーとして全てがうまくいったわけではない。
当然、運営委員達と激しく討論する時もある。
「爆発魔法の使い手が、王都近辺での魔王軍活発化のせいで援軍として出向してしまっている。今年の花火大会は火力不足だ。中止せざるを得ませんな」
そんな会長の一言に、俺は激昂し罵声を飛ばした。
「バカッ! 花火大会を中止だなんてとんでもない、一体何を考えてるんだ! 花火と言ったらYUKATAだろ!? YUKATAを見ずしてどうするんだ!!」
「アドバイザー殿落ち着いて! YUKATAといったら、遠い異国から伝わったというあのYUKATAの事ですか?」
「たかが花火大会とYUKATAではないですか、それがそんなに大事なのか?」
「アドバイザー殿がYUKATAとやらを楽しみにしているのは理解した。花火を見る際にはYUKATAを着るのがマナーだとも聞いている。しかし、爆発魔法の使い手がいない以上どうしようもありませんよ? 炸裂魔法の使い手ですら見つかるかどうか......」
「ファイアーボールを打ち上げたところでたかが知れているしなあ......」
そんな彼らを見回すと、俺は秘策を持ち出した。
「俺に考えがある。俺の仲間の一人に、爆裂魔法の」
「却下だ却下! 祭り自体がなくなってしまうわ!」
「この間天才だと言ったセリフを取り消させてくれ! あんたはバカだ!」
「こんな男にアドバイザーなんてやらせるんじゃなかった、私は何を考えていたんだ......」
俺の秘策も虚しく、役員達が罵声を上げる。
俺は手近にいた会長の胸ぐらを摑み、
「何だとこの野郎、お前こそ会長辞めろ! 花火大会は男のロマンだ、夏には絶対に必要なイベントなんだよ! 浴衣着た女の子と花火を見る! これはさり気なく手を握っても許されるイベントなんだ、それをやらないだなんて何考えてんだバカッ!」
「このクソガキ、だったらもっと使える代案を出せ! あっ、何だその手は、冒険者が一般人に暴力を振るっていいのか!」
「やっちまえ! この成金冒険者は大して強くない、皆で取り囲んでやってしまえ!」
そんな感じで、役員達と意見が合わず行き違う時もあった。
「──『爆発ポーション使用許可願』......? おいカズマ、こんな物を使うのか? 危険はないのか? そもそも......。なぜお前は傷だらけなのだ」
「そのポーションは、祭りのために必要な物なんだよ。俺は皆の想いを背負ってるんだ、この祭り、失敗させるわけにはいかないんだ」
「う、うん、お前がそこまで真剣な顔をするのだ、そうなのだろう。分かった、許可しよう。許可はするが......。なあ、本当にその傷はどうしたんだ?」
「男の子にはな、絶対に守らなきゃならない物があるんだよ。この傷は譲れない物を守り通した際に付いた男の勲章だ」
「そ、そうか分かった、深くは聞かない。聞かない方が良い気もするしな」
困惑するダクネスを説得し、忙しい日々はなおも続く。
思えば俺は、中学時代の文化祭もロクに体験しなかった。
これは楽しめなかった学生生活を、ほんの少しでも取り戻したいという俺のワガママ。
正直言って、アドバイザーとしての報酬なんて二の次なのだ。
どことなく不安気な顔のダクネスに背を向けて、俺は自分の部屋へと向かう。
どうかこの祭りがうまくいきますようにと、祈りを込めて。
【祭りまで後......】
──とうとう祭りの開催が明日へと迫り、会議の最終日となった今日。
俺はアドバイザーとして最後の仕事を果たすべく、この短い間、共に議論を交わし合った仲間達に秘策を出した。
「俺の国の浅草って地域の祭りに、サンバカーニバルってイベントがあったんだ。扇情的な格好をした女の人達が、踊り狂いながら行進するっていう......」
「噓を吐くな、そんな祭りがあってたまるか! 適当な事ばかり言いやがって、何がアドバイザーだ! お前、ただのエロガキだろ!」
「こないだは、巨大な男性器を模した物に女性を乗せ、それを皆で抱えて街を駆け巡る祭りがあるとかバカな事言ってたな! そんな頭のおかしい祭りがあってたまるか!!」
いきり立つ役員達に、俺はテーブルを叩き反論する。
「本当だって言ってんだろ、人を噓吐き呼ばわりするんじゃねーよ! 大体エリス祭り自体が地味過ぎるんだよ! 何だよ、皆でエリス教会に行って祈りを捧げるって! 他に何かないのかよ、神輿を担いでぶつけ合ったりとか派手なイベントは!」
「祭りってのは本来神聖なもんなんだ、お前の考える祭りは頭がおかしい!」
「儲ける事は大事だが、大切な物を失う気がするぞ!」
「あんたは出す案出す案ストレート過ぎるんだ! エロがいけないとは言わないが、もうちょっと隠せないのか!」
そしてその日の夜。
もはや恒例となってきたダクネスとのやり取りだが......。
「──なあカズマ、ちょっといいか?」
「一応聞こうか。なんだ?」
「この『仮装パレード』という企画の意味が分からないのだが」
当然その質問がくるとは思った。
「女神エリスは仮の姿で地上に降臨し、人々のためにたった一人で人知れず活動している。この話は知っているな?」
「あ、ああ......。エリス教徒の間では有名なおとぎ話だな。だから毎年この時季になると、エリス様が本来のお姿で祭りを楽しめる様にと、街はエリス様の格好をした人で溢れ返る。本物が交ざっていても目立たない様にとな」
ほう、ただのコスプレ祭りかと思ったが、そんな理由もあったのか。
「その恒例行事に乗っかって、祭りを派手に盛り上げるためのイベントだな。別にエリス様じゃなくてもいい。それこそ、勇者だろうが王女だろうが女神アクアだろうが何でも構わない。俺の国にはKOMIKEと呼ばれるお祭りがあって、そこでは色んなコスプレが行われてたんだ」
「そ、そうか。まあ何となく盛り上がるのかなという趣旨は分かった。分かったのだが......。さすがに女神を称える祭りで、この、サキュバスの格好の許可申請はどうかと思うのだが......」
「お前は何を言っているんだ、せっかくのお祭りだぞ? たまには本来の姿で羽を伸ばしたいってのは、何も女神だけじゃないだろうが。いいじゃないかお祭りなんだし。エロい格好した姉ちゃんがちょっとぐらい街中をうろついたって、この時ばかりは無礼講って事で」
「無礼講と言われると......。ん? いや待て、お前は何を言っている。その言い方だと、まるで女神以外の者も街に溶け込んでいる様な......」
「いいからとっととハンコ押せ、これは男性冒険者達からの要望なんだよ! それにこの企画書が通れば、本物のサキュバスのコスプレしてくれるってお姉さん達が言ってくれたんだ!」
「お姉さんとは一体どこのお姉さんだ、というかどうしてそんなに必死なのだ!? 分かった、分かったから! そんな奇抜な格好をするとは、一体どの様な女達なのか......」
そんなこんなで、祭りの準備は慌ただしくも何とか進行し。
やがて、とうとうその日を迎えた──
4
『この日を楽しみにしていたアクセルの皆さん、準備はよろしいですか? 今ここに、女神エリス&アクア感謝祭の開催を宣言します!』
『うおおおおおおお!』
拡声の魔道具により開催宣言が街中に響き渡る。
それと共に、空には祭りを祝うかの様に魔法が打ち上げられ、地上ではそれに負けじと歓声がわき起こっていた。
「もう朝か......」
今日は祭りの開催日。
今まで毎日働いていた分を取り返そうと、紅魔の里からアクアが持ち帰ってきたゲームで昨日の夜から遊んでいたのだが、外の騒ぎで夜が明けていたのに気が付いた。
腹を空かせて階下に下りると、そこには一人朝食を食べるめぐみんがいた。
「カズマ、おはようございます。アクアといいダクネスといい、今日は皆早起きですね」
「いや、俺は今起きたんじゃなく、昨日の夜から布団の中でゲームしてただけだよ。っていうか、あの二人はもう起きたのか? 姿が見えないけどどこ行ったんだ?」
「アクアは興奮して昨日の晩から寝られなかったらしく、空が明るくなると同時に出掛けましたよ」
遠足が楽しみで眠れない子供みたいだ。
「ダクネスは、アクアが出掛けた事を教えたら慌てて飛び出して行きました。アクシズ教団が何かやらかさないかを監視するそうですよ」
「あいつも領主代行になってから大変そうだなあ。めぐみんは祭りを見に行くのか?」
「いえ。私は、せっかくのお祭りなのに一緒に行ってくれる相手が見つからなくて、半泣きになっていると思われるゆんゆんの下に行こうかと。目の前でウロウロして、お祭りに一緒に行こうとも言い出せず、誘えないままやきもきしているあの子をからかってきます。カズマも一緒に行きますか?」
「お、お前、そこまでするなら一緒に行ってやれよ。俺は夕方までひと寝入りしてから祭りの出店を冷やかしに行くよ」
「それはもうひと寝入りとは言わない気がしますが......。そういえばカズマ、お祭り三日目の夜は空いてますか?」
朝食を食べ終えためぐみんが、お茶を啜りながらのんびりと尋ねてくる。
「三日目? 多分出店を冷やかしながらブラブラしてるだけだと思うけど何かあるのか?」
「いえ、お祭りの三日目には花火大会があるのですよ。アクシズ教徒が関わっているお祭りですから、どうせ無事に済むとは思えないので当日にならないと分かりませんが......。もし何事もなかったら、私と一緒に見に行きましょう」
めぐみんはそう言って、俺の返事を聞く前に、食べ終えた朝食の食器を持って台所に消えていった。
......そういや花火があったな。
女の子と一緒に祭りに行って花火を見る。
なんだこれ、青春してる気がする!
──その日の夕方。
予定外の花火イベント発生によりなかなか寝付けなかった俺は、普段とは違う街の賑わいに若干怖じ気づいていた。
引き籠もりにとって人混みは天敵なのだ。
商業区に近くなるとそれだけ人も多くなる。
アクセルの商業区の入り口には大きな横断幕が張られ、そこには女神エリス感謝祭の文字が大きく躍り。
そしてその隣には、女神アクア感謝祭の字が小さく並んでいた。
まずは状況を確認すべく、アクシズ教団に割り当てられた区画に向かう。
辺りはすっかり日が暮れて、街灯に光が灯される。
商業区の通りは普段にも増して大きく賑わい、冒険者に民間人、商売人に至るまで、色んな人達で溢れていた。
至る所に出店が並び、あちこちが喧噪に包まれている。
アクア達の担当区画もこの調子で盛り上がってくれているといいのだが。
そんな心配をよそに、アクア達が出店している場所では、何やら揉め事が起こっていた。
5
「許可もなくこんなものを売られては困ります! どうしてあなた方アクシズ教徒はこうも問題ばかり起こすんですか!」
「こんなものって失礼ね、せっかくアクア様が考えられた店なのに、それにいちゃもん付けようって言うの!?」
揉めていたのはセシリーだった。
祭りを見回っていた警官と口論の真っ最中だ。
「おいあんた、一体何やってんだ? 盛り上げろとは言ったが揉めろとは言ってないぞ。お前らは目を離すと警察の厄介にならなきゃ気が済まないのか?」
今にも警官に摑み掛かろうとしていたセシリーは、俺の姿を確認すると。
「ああっ、丁度良いところに! 聞いてくださいカズマさん、この男が、商売は止めろと難癖を付けてきたのです!」
「何が難癖ですか、許可出来るわけないじゃないですかこんなもの!」
一体何を揉めているのだろう。
俺が出店をひょいと覗くと、そこには水を張ったたらいの中に、たくさんのオタマジャクシが泳いでいた。
「......なんだこれ?」
オタマジャクシにしては何だかデカい。
と、その時。
「アクア様はおっしゃった。祭りと言ったら金魚釣り、と。金魚釣りというものがよく分からなかったんだけど、お姉さんはそれを再現しようと頑張ったわ。野良金魚が見つからなかったからオタマジャクシで妥協して、こうして店を開いてたんだけど......」
セシリーは言いながら、何とかしてとばかりに困った様にこちらを見てくる。
いやこんなもん釣ってどうすんだ。
っていうか、これって......。
「なあ、このオタマジャクシ、デカくないか? これって本当にオタマジャクシなのか?」
そんな俺の疑問に答える様に。
「ともかく、こんな所でジャイアントトードの子供を売られては困ります! こいつらはあっという間に大きくなるんですよ!? 子供が買って、数ヶ月後に街中にカエルが溢れたらどうすんですか!」
「おい、この中に殺虫剤撒こうぜ」
警官の言葉を聞いて、すかさず殺処分しようとした俺をセシリーが慌てて止めた。
「やめてよ、私のお店を壊さないで! アクア様が言っていたわ、きっとカズマさんも懐かしく思って喜んでくれるわ、って! あなただって好きなんでしょう、金魚釣り!」
「金魚釣りは好きだけど、こんな可愛気のないもん誰が釣るか! 野に放せば増えて困るし、駆除が嫌ならどっか遠くに捨てて来い! ていうかお前ら、祭りの許可さえ取れれば大丈夫って言葉はどこいったんだよ!」
そんな俺の言葉にセシリーがふふっと嗤う。
「まさか、アクシズ教団が誇る出店がこれ一つだなんて思っていないでしょうね? この日のために、街中のアクシズ教徒を集めて皆で知恵を出し合ったのよ!」
そうしてセシリーが指した先には、三十を超える様々な出店があった。
この街にはセシリー以外にもまだアクシズ教徒が隠れていたのかと、一匹見つけたら三十匹はいると思えと言われるアレを連想させられる。
意外な事に見物客は多く、それなりに人で賑わっている感じだ。
こいつらも結構頑張っているじゃないかと一瞬感心したのだが、ふと、それらの出店の賑わいが、何かおかしい事に気が付いた──
「クラーケン焼きいかがですかー? クラーケンの子供を焼き上げた、とっても珍しいクラーケン焼き! 美味しいですよー!」
「ねえ、これ普通のイカ焼きじゃないの? イカと味が変わらないんだけど......」
「何をおっしゃいます、あなたは本物のクラーケンを食べた事があるんですか? それは間違いなくクラーケン焼き。ええ、アクシズ教団が保証します!」
そこでは、イカ焼きならぬクラーケン焼きを売っているお姉さん。
「さあさあ見世物小屋だよ! この中にはとある勇敢なアクシズ教徒が捕まえた、魚人間マーマンと、半人半魚マーメイドの間に生まれた世にも珍しいハーフがいるよ! ......あっ! お客さん、小屋の中で暴れられては困りますよ!」
「ふざけんな、おい金返せよこの野郎! 水槽に入ったデカい魚がいるだけじゃねえか!」
「だから、マーマンとマーメイドのハーフですって!」
......見世物小屋に客を呼び込み、さっそく揉めている者。
「射的いかがっすかー。的の眉間に見事刺されば豪華景品がもらえま......」
「ちょっと、的にされてる人形がエリス様そっくりなんだけど! あんた達、エリス様を冒瀆するのもいい加減にしなさいよ!」
「くっ、祭りの初日からさっそくエリス教徒による妨害か! お巡りさーん、こっち来てくださいこっち! ここにいるエリス教徒を取り締まってくださ......ああっ、何するんだ、取り締まるのは俺の店じゃなくてこの女の方で......!」
............警官に店を撤去され始めた者。
そして──
「なあ姉ちゃん、これって本物のドラゴンなのか?」
「ええ、もちろんドラゴンよ。今アクシズ教団ではね、ドラゴンを育てるのがブームなの。一匹たったの五百エリスよ。さあ、あなたも買いなさいな」
その辺で捕まえてきたと思われる色を塗ったトカゲを並べ、子供相手にドラゴンと言い張り押し売りしているバカがいた。
「ええー......。五百エリスって言ったら俺の小遣い全部だし、他に何も買えなくなるからいらないよ。それに何だかトカゲっぽいし」
「あらそう、それは残念ね。でもそうなると、この子達は売れ残っちゃうわね。もちろん売れ残ったドラゴンを野に放つ事は出来ないわ、だってそんなの危ないもの。ああ、そうなるとこの子達は保健所送りね......。そこでも飼い主が見つからなければ、かわいそうなこのドラゴン達はきっと殺処分される事に......」
バカの脅しを真に受けて、その子供は焦り出す。
「そ、そんな! それってトカゲだろ!? その辺に逃がしてやればいいじゃんか!」
「何を言っているの、これは正真正銘のドラゴンよ! ねえ買わないの? ここで買ってあげなくて本当にいいの?」
泣きそうな顔で葛藤する子供に対し、そのバカは子供の良心を責め立てる。
「うう......、だ、だって、そいつを買ったら本当に小遣いが......」
「そう、買わなくっていいのね!? きっと後悔するわよ! ああなんてこと、憐れなるこのドラゴン達は、これで保健所送りが決まっちゃったのでした!」
「お前の買ってるひよこを保健所送りにすんぞこらっ! 子供相手に何やってんだこの大バカが!」
俺はアクアの後頭部を引っ叩いた。
6
「お前、自分がドラゴンの紛い物売りつけられた腹いせに、同じような被害者を量産するつもりだったのか?」
「何言ってんのよ、カズマったら知らないの? お祭りの場においてはね、多少のぼったくりや詐欺紛いの店を出しても許されるものなのよ。日本のお祭りもそうだったでしょう? あと、ゼル帝は正真正銘のドラゴンよ」
トカゲを売っていたアクアを連れて俺は頭を抱えていた。
今のところまともな出店が見当たらない。
やっぱりこいつらに任せたのが間違いだった、アクシズ教団とエリス教団の対立を煽るにしても、アクア達が頼りなさ過ぎる。
「お前らのやってる事は〝多少の〟じゃ済まないレベルだ、このバカッ! ていうか、ちっとも盛り上がってない上に客に愛想を尽かされてるじゃないか。それに、ダクネスが祭りを見回るって言ってたぞ。頭の固いあいつにこの惨状を知られたら、もうアクシズ教団の祭りへの参加は許してもらえなくなるだろうな」
それを聞き、ようやく現状を理解したらしいアクアは、
「じゃ、じゃあこっちよ! ねえカズマ、こっちの店は自信があるわ! このお店だけはやましい事なんて何もないし、今のところ一番儲かってるの!」
そう言って俺を引っ張り、とある店に案内した。
アクシズ教団に割り当てられている区画の隅に、小さな店が佇んでいる。
案内されたその出店には、意外にも人集りが出来ていた。
......と、俺は店番を見て膝の力がガクリと抜ける。
そこにいたのは煤けた顔をしたクリスだった。
「クリスが暇そうにうろちょろしてたから、店番手伝ってもらってるの!」
この子一体何してるんだろう、いやマジで。
エリス教の女神が、どうしてアクシズ教の店番を。
どことなく死んだ目をしながら膝を抱えて座り込み、こちらに力なく手を振るクリス。
なんの出店なのかと見てみれば、当たりくじをやっている様だった。
「おい、もう一度だ! もう一度頼む!」
「待てよ、こっちが先だ! もうかなりの額を突っ込んでんだぞ!」
くじを買って当たりを引けば賭け金が倍になる。
そんな単純な出店にも拘わらず客は多く、そしてなぜか皆が熱狂していた。
客の男は数枚のエリス硬貨と引き替えに、クリスが差し出した三枚のくじの中から一枚を引いた。
男が、それをおそるおそる開いてみると......。
「ちくしょう、またハズレか! おい、残りのくじを開いてくれ!!」
クリスは男に促され、手元にあった残り二枚を公開する。
そこには二枚共に当たりの文字が。
ああ、三枚中一枚だけハズレがあるのか。
本来なら三分の一の確率で外れるわけで、客に有利なこの勝負。
だがしかし......。
「よし、今度こそ当ててやる! イカサマやってる節が見当たらない以上、そろそろ当たるはずなんだ!」
「祝福の魔法を掛けている形跡もないのに、どうしてこんなに俺達ばかり負けるんだ......? おい、もうそろそろ止めとこうぜ」
「一回だけ! もう元手を取り返せなくてもいいんだ、とにかく一回当たれば満足するんだ! このまま全部ハズレで引き下がれるか!」
客が有利なはずなのに、負け続けているため熱くなり、引き下がれなくなっているのか。
いくらなんでも相手が悪い、なにせその子は......。
「よし、今度こそ! 幸運の女神エリス様、どうか当たりを引かせてください! でないと俺、アクシズ教に改宗します!」
「ええっ!? ちょ、ちょっと待って!?」
男の言葉にクリスが焦るがもう遅い。
男が再びくじを引くと......!
「これに決めた! ......ちっくしょおおおおお!! エリス様なんて大っ嫌いだああああ!」
「そ、そんなー!」
また外れたらしい男がくじを投げると、クリスは涙目になりながら悲鳴を上げた。
「素晴らしいわクリス、無理を言って手伝いを頼んだかいがあったわね! 店番を手伝ってくれるだけじゃなく、エリス教徒を改宗させるだなんて! こないだクーロンズヒュドラが住んでた湖で変な形の石を拾ったんだけど、なんならお礼にあげてもいいわよ」
「いらないよお! ああ......大切な信者が......」
ほんと何してるんだろうこの人は。
どうせアクアにワガママ言われて、断り切れなかったのだろうけど......。
と、ショックで項垂れているクリスをよそに、警官と喧嘩していたセシリーがやって来た。
「アクア様どうしましょうか......。あの粘っていたお客さんが諦めちゃったせいで、とうとうこのくじ引きの出店もお客さんが......。ここは私がオススメしました、ところてんスライムの店を出す時では」
「そうね......。もうそれしかないのかしら」
「おい、変なもん売りに出すのは止めろよ、俺が良い知恵出してやるから!」
7
まったく、一体どうしてこうなった。
本来なら俺が頑張る予定はなかったのだが、今のままではアクシズ教徒はエリス教徒の敵にもなれない。
祭りを盛り上げるどころか、このままでは自然消滅してしまいそうだ。
対するエリス教団はといえば、材料費のみの値段で各種屋台を出し、それなりに喜ばれている。
聖歌隊がエリスを称える歌を合唱し、そこかしこでエリスに感謝する声と共に何度も乾杯が繰り返されていた。
真新しさはあまり感じられない、どちらかといえば古き良き時代のお祭りな雰囲気だが、笑顔で献身的に酒まで振る舞うエリス教団の姿を見れば、女神エリス感謝祭なんてものが行われるのも当然と思われ......。
「──ねえカズマ、私は何をすればいい?」
「こういう時こそ宴会芸だろ、今こそお前の力を役立てる時だ。客寄せが終わったらお前も調理に加わってくれ。セシリーは客の相手。クリスは調理の助手を頼む」
「ほほう、客寄せをすればいいのね。それなら任せておきなさいな」
「お姉さんの魅力で男性客に押し売ればいいのね、任せておきなさいな」
「ねえ、あたしってまだ手伝わなきゃいけないの!?」
俺は皆に指示を出し、てきぱきと調理を始める。
商業区に漂うソースの香り。
それに惹き付けられたのか、やがてそこには......。
「はい、次の方! マヨネーズマシマシ青のり多めね! おいアクア、キャベツもっと切ってくれ! クリスは豚肉を頼む!」
「ねえカズマ、私は豚肉担当にしてくれない!? 今日のキャベツは活きが良すぎて凶暴なの!」
「あたしもキャベツは苦手なんだけど! ねえ助手君、あたしが焼くからキミがキャベツを担当してよー!」
アクアがキャベツを相手に悪戦苦闘している中、クリスは文句を言いながらも手際良く豚肉を刻む。
「仕方ないわね。見てなさいクリス、この私の包丁捌きを! ......んぐっ、夏キャベツはシャキシャキ感が凄くて一番美味しいわね」
「んぐ......っ。うーん、あたしは春キャベツが一番好きかなあ。冬キャベツは気性が荒いし、秋キャベツは飛ぶから苦手で......」
「二人ともこの忙しいのに何食ってんだ! はいお待ちどおさま、こちら豚コママシマシ麵堅め大盛り一丁!」
俺が料理を作り始めると店は目に見えて繁盛しだした。
メニューは日本の祭りの定番料理、皆大好きYAKISOBAだ。
日本人がこちらの世界に来た事により、地球の色んな料理ももたらされた。
だが、味噌汁や唐揚げ、ハンバーグなど、定番の料理は大体網羅されてはいるものの、未だきちんと伝わっていない料理もある。
「美味いなこのYAKISOBAっての! ソースが何とも言えないな!」
「まったくだ、この匂いを嗅いでるだけで腹が減ってくる!」
「おい兄ちゃん、こっち、マヨマシマシキャベツ大盛り麵堅めで!」
「ありがとうございます、ご注文承りました! おいセシリー、注文メモっといてくれ......お前までキャベツ食ってんじゃねえ!」
焼きそばソースはこの世界の人には新しかった様で、皆美味そうに頰張っている。
日本から来た連中も料理の作り方は知っていても、ソースのレシピまでは知らなかったのだろう。
色んな香辛料を混ぜなければ作れないカレーやお好み焼きソースなど、そういった専門知識が必要な料理はこちらの世界では見当たらなかった。
そして、なぜ俺が焼きそばソースなんて作れるのかといえば......。
「料理スキル持ちが店を出すなんて、今年の祭りは豪華だな! 来年もアクシズ教徒が参加してくれないもんかね?」
「あの料理人は、確かサトウカズマって名の結構有名な冒険者じゃないのか? あいつ、料理まで出来たのか」
そう、この間習得した料理スキルのおかげである。
日々の生活水準を上げるために取ったスキルだが、こんなところで役に立つとは思わなかった。
そして、日本から来た転生者達は料理スキルなんか取ったりしない。
というか取れない。
なぜならチートを貰う様な連中は、わざわざ冒険者なんて最弱職に就く必要はないからだ。
エリス教団が伝統を重んじるお祭りならば、こちらは現代風の祭りで対抗だ。
真新しさからか、それとも珍しさからなのか、セシリーが焼きそばの包み紙にさり気なくアクシズ教団入信書を使っているにも拘わらず、意外にも好評だ。
それらを見たアクアがキラキラと目を輝かせ。
「ねえカズマ、アクシズ教徒が褒められてるわ! 私、何だかとっても新鮮なんですけど!」
「サイドメニューとして、ところてんスライムのトッピングはいかがですかー? 甘くてぷるぷる、ところてんスライムですよー!」
「こらっ、ご禁制のスライムは止めろ、妙なもんトッピングすんなよ! ふははは、どうだアクア、人間真面目に商売した方が儲かるんだよ! ぼったくったりせず誠実なのが一番だ! ......しかしこの人気なら、俺も本格的な料理の店を出してもいいかもな! おいおい、既に働かなくてもいいくらいは稼いでるけど、これは笑いが止まらねえなあ!」
「ねえ助手君......。何だかエリス教徒の出店からも人がこっちに流れてるんだけど、あたし本当に何してるのかな......」
その日の夜。
大赤字を出したアクシズ教徒の出店の中で、唯一焼きそば屋だけが黒字を出した。
8
「──では本日の売り上げですが、この様な形になっております」
「「「「おおおおおっ!?」」」」
商店街の役員が集まる会議室にて。
祭り初日の売り上げが報告されると、俺を含めたその場の全員が声を上げた。
「例年の倍近くの売り上げじゃないか、今年の祭りは大成功だ!」
「それもこれもアドバイザー殿の案による、エリス教団とアクシズ教団の競合が大きいですな! アクシズ教徒の売り上げはあまり振るってはいませんが、触発されたエリス教徒がやる気になっている」
「ああ、もうちょっとアクシズ教徒にも頑張ってもらいたいが、これだけでも上出来か。アクシズ教団の出店の内、この、YAKISOBAYAという店がそこそこ売り上げを伸ばしている。今夜の祭りの終わり頃に出した店らしいが、明日はもっと早くから営業するそうだ。となると、まだまだ期待出来るだろう」
開催前は大喧嘩したものだが、これだけの成果を前に、皆にこにこ顔で俺を見た。
この街の祭りにおいては、領主に代わり祭りの開催を取り仕切った商店街役員に、祭りの期間中に得られた税金の一部が報酬として支払われるそうだ。
もちろんアドバイザーである俺にも分け前はちゃんとある。
なので俺達役員としては、ぶっちゃけたところどちらの教団が勝利したとしても儲かってくれさえすればそれでいいのだ。
「実はその焼きそば屋は、アクシズ教団の方があまりにも不甲斐なかったため、俺の国の料理を再現し販売させた物でしてね。アドバイザーとして明日以降も任せてもらおう。実はまだまだ秘策があるんだ」
「「「「おおっ!」」」」
その場の役員達の俺を見る目が尊敬するものへと変わった。
「さすがサトウさん、こないだのウィズ魔道具店の大繁盛にも関わっていると聞いたが、あれは噂だけではなかったのですな!」
「ああ、この短期間で成り上がったのも頷ける!」
「これは明日以降も期待できますね!」
いやあ、ここまで褒めちぎられるとなんだか照れる。
日本の祭りを再現してみただけなのだが。
「まあ俺に任せてください。アドバイザーとして、明日から本気出します」
「「「「おおおお!!」」」」
こうして、祭りの初日は終わりを迎えたのだった。
9
「......なあカズマ。ひょっとして、今からアクシズ教団の手伝いに行くつもりなのか?」
女神エリス&アクア感謝祭二日目。
辺りがすっかり暗くなり、街の人々が商店街に集い始める頃。
屋敷を出ようとする俺に、目の下に隈を作り疲れた表情のダクネスが、どんよりとした声を掛けてきた。
「ああ、そのつもりだけど......。どうしたんだお前、顔色悪いぞ?」
ダクネスはソファーに寝返る様に埋もれ、ぐんなりしながら目を閉じる。
「顔色だって悪くもなるさ、領主の仕事がこんなに大変だなんて思わなかった......。祭りの前とは比較にならない量の苦情が来ている。一体何を考えたのか、クーロンズヒュドラが住んでいた湖に、ジャイアントトードの子供を放流したバカがいたらしい。......他にも、見世物小屋詐欺にあっただの、お化け屋敷に入ったらゾンビのコスプレをしたアクシズ教徒に体中を弄られただの......」
どうしよう、既に心当たりがある案件がいくつかある。
「他にも、エリス教徒の出店にアクシズ教徒が押しかけ、ショバ代寄越せと嫌がらせを受けただの、水着姿の男性店員はどうにかならないのかだの、子供がカラートカゲを売りつけられただの......!」
とりあえず、俺はダクネスにお茶を淹れてやる事にした。
ダクネスはお茶を受け取ると、力なくそれを啜りしみじみと息を吐く。
「ありがとう......。何だか私は、ここ数日で一気に老け込んだ気がする......」
「大変そうだなあ......。でも、俺がいつもお前らの苦情を受けて頭を下げてる時も、大体こんな感じだって覚えとけよ? まあ、昨日お前が受けた苦情の大半に俺が関わってる気もするが、今日からは苦情も減ると思う。もうちょっとだけ頑張ってくれ」
俺の慰めを受けたダクネスは、よほど弱っていたのか瞳を潤ませ、
「あ、ありがとう......! お前だけだ、分かってくれるのは......! 思えばいつもお前に苦労を掛けていたのだな、本当に迷惑を......。いや待て、後半なんて言っ......」
俺はアクシズ教団を盛り上げるべく、ダクネスの言葉を最後まで聞かず屋敷を後にした。
──アクシズ教団の区画に着くと、そこでは昨日とは別の意味での人集りが出来ていた。
「いらさいいらさい! とある国のお祭り料理、YAKISOBAはこちらですよ!」
「森で取れた野生のタコ焼きも美味しいですよ! 大ぶりに切ったタコが、こりこりして美味しいですよー!」
「かき氷いかがっすかー! 美味しいかき氷はいかがっすかー!! イチゴにレモンにパイナップル、あずき味やところてんスライム味もありますよ!」
些細な違いはあるものの、俺の目の前には日本の祭りに近い光景が広がっていた。
「あっ、ちょっとカズマ遅いわよ! 見なさいな、この繁盛っぷりを! お昼に作ってもらった氷がもうないの! 水は私が出してあげるから、急いで氷を作ってー!」
アクアが俺を目ざとく見つけ、氷の入った容器を抱え、慌ててこちらに駆け寄ってきた。
あちこちに出された店では、ちょっと間違った感じの日本の屋台が再現され、物珍しさもあってか相当の賑わいをみせていた。
よしよし、この調子なら今日の売り上げはかなりのものになりそうだ。
これならアドバイザーである俺への報酬も期待出来る。
「今日はなかなか良い感じじゃないか、そうだよ、こんな風に普通にやればお前の信者だって増えるんだ。こうして皆に喜ばれるってのも悪くないだろ?」
俺はフリーズの魔法で氷を作ってやりながら、アクアに向かって笑い掛ける。
それに対して、アクアは普段見せない様な笑顔を見せ、
「ええ、これも全部カズマのおかげね。見てカズマ、アクシズ教団の子達が皆楽しそうに笑っているの」
と、予想に反して素直に認め。
「カズマさんカズマさん。私、このお祭りが開けて良かったわ。アクシズ教団を助けてくれて、ありがとうね」
そう言って、無邪気に笑い掛けてきた。
......なんだろう、コイツ祭りのテンションでおかしくなったんだろうか。
蟬退治の時も調子に乗ると酷い目に遭うと学習してた事といい、最近のアクアはどうにもおかしい。
ゼル帝か?
子供が出来たから成長したのか?
いや、コイツが勝手に我が子呼ばわりしているだけで、単に卵を温めただけだが。
しかし祭りの運営から報酬をもらう身としては、こうも素直に礼を言われるのも気が引ける。
俺は話を変えようと、
「そ、そういえばさ、これだけ人気が出ていればお前らも大分儲かってるだろ? 良い機会だし、今回の売り上げであのこぢんまりしたアクシズ教会を建て直したらどうだ?」
「実はそんなに儲けてないのよ。ほら、昨日カズマが言ったじゃない。『人間真面目に商売した方が儲かるんだよ! ぼったくったりせず誠実なのが一番だ!』って。それを素直に受け止めて、薄利多売でやっているの。それに祭りを共同開催するにあたって、運営委員会からアクシズ教団にも祭りの開催費用を出して欲しいって言われてたから、それも含めるとまだ赤字なのよ」
本当にコイツどうしたんだろう、何でこんなに賢くなったんだろう。
しかしアクシズ教団はまだ赤字なのか。
そういや俺の提案で、エリス教団とアクシズ教団に金を出させようぜって話になってたもんな。
「......そうか。でもあれだ、売り上げは直ぐに黒字になるさ! だってこれだけの盛況ぶりだからな! しかし、貧乏そうなアクシズ教団によく祭りの開催資金を捻出出来たな!」
「その分は私が出したのよ。ほら、クーロンズヒュドラをやっつけた時に賞金が出たじゃない? それと、私が貯めてた貯金箱の中身で何とかなったの。ゼル帝のために立派な竜舎を建ててあげたかったんだけど、それはまた今度ね」
「............そ、そうか」
俺は僅かな罪悪感と気まずさを覚え、なんとなくアクアと目を合わせられなくなる。
「どうしたの? 具合でも悪いのならヒールを掛けてあげるわよ? カズマさんたら、ここ最近ずっと頑張ってたものね。ほら、じっとしてなさい。とっておきの強力なのを掛けてあげるわ」
アクアはそう言って笑みを浮かべ、俺に渾身のヒールを掛けてくれた。
──祭りの二日目が無事に終わったその後、俺は役員会議室に向かっていた。
アクアを見て目が覚めた。
アイツは純粋に祭りを楽しみたいだけなんだ。
それに比べ、俺は何がやりたかったんだろう。
自分の欲望に身を任せ、売り子を水着にしたりコスプレさせたり、二つの教団を争わせ、上前をピンハネしたり。
......決めた。
今までの事をアクアに話して皆に謝り、アドバイザーなんて仕事も辞めて、明日からは俺も祭りを楽しもう。
そうだ、明日は祭りの三日目だ、予定では花火大会も控えている。
めぐみんと一緒に花火を見て、苦労してるだろうダクネスの愚痴を聞き、そしてアクア達と酒でも飲んで。
俺はそんな事を考えながら、アドバイザーを辞任する意向を伝えるべくドアを開け──
「おお、お待ちしてましたよアドバイザー殿!」
「さあさあ、アドバイザー殿は上座へどうぞ!」
会議室のドアを開けた俺は、そのままの姿勢で固まっていた。
役員が満面の笑みを浮かべ俺に上座を勧めるが、今はそれどころじゃない。
というのも、俺の目はそこにいる人達に釘付けで。
「常連さんこんばんは! 役員の皆さんから、常連さんのご活躍をよく聞かされてますよ」
「お客さん、いつもありがとうございます! 今回のお祭りでは、お客さんがサキュバスのコスプレもOKという許可を取ってくれたそうで!」
そう、それは俺が普段通っている、サキュバスサービスの店員さん達だった。
部屋に入って固まっていた俺の背を、会長がぐいぐいと押し椅子に座らせる。
なんだろう、なんだこれ、ヤバい、凄くヤバい。
具体的に言うと、普段とは違うサキュバス達の格好が凄くヤバい。
きっとこれがサキュバス達の正装なのだろう、扇情的な黒のボディスーツに身を包んだお姉さんサキュバスとロリサキュバスが、魅惑的な笑みを浮かべてそこにいた。
目を奪われたまま固まる俺の耳元に、会長がそっと口を寄せ。
「彼女達と面識がある様ですね。彼女らは、この街の小さな飲食店を経営している人達です。商店街の一員として、今回の祭りでも水着を着て売り子などをしていてくれたんですが、あの服装の許可を取ってくれたアドバイザー殿に、ぜひお礼がしたいと......」
えっ、何ソレ困る。
ここにはアドバイザーを辞めると伝えに来たのだ。
アクアだって頑張ってるんだ、ここはキッパリ断ろう。
ここで接待を受けてしまえばまた流されてしまう、しっかりしろ佐藤和真、お前はそんなに流されやすい男だったのか?
そうだ、こんな魅惑的な格好をしたサキュバス達にお礼をされても、
「せっかくのお祭りですし、私達二人がお酌します。ふふっ、今夜は帰しませんよ? ぜひ常連さんをおもてなしさせてくださいね!」
俺はそこにあったコップを淀みなく手に取ると、隣に座って身を寄せてきたお姉さんにお酒を注いでもらう。
と、会長がコップを掲げ。
「では、アドバイザー殿のご活躍と、これからの売り上げに! ささ、アドバイザー殿もどうぞ一言!」
俺はその場に立ち上がると、二人のサキュバスに挟まれながら高らかに宣言した。
「皆で大いに儲けて幸せになりましょう! 乾杯!」
「「「「かんぱーい!」」」」
1
感謝祭三日目。
自室のベッドで寝転がる俺に、ワンピース姿のめぐみんが呆れながら言ってきた。
「......明け方に帰ってきたと思ったら、こんな時間まで何をしているのですか。ほら、今日は花火を見に行く約束でしょう、さっさと着替えてください!」
昨日は飲み過ぎてしまった。
この世界にやって来てからというもの、飲酒に関しての年齢制限がない事で、俺はお酒の味というものを覚えてしまった。
「うう、今の状態で騒がしい人混みに出掛けたら、多分色んな物が出てしまいそう......」
「最悪ですこの男! 普通女の子と花火見物を約束していたなら、それに備えて少しはお酒を控えるものですよ。昨夜は一体何をしていたのですか? 帰ってきた時は随分と上機嫌でしたが」
サキュバスのお姉さんにちやほやされてましただなんて、言えるわけがない。
「ダクネスを呼んでくれ......。あいつの権力を使って、花火大会は明日に回してもらおう......」
「約束自体を反故にしないその姿勢は立派ですが、そんなワガママ言い出したらそろそろダクネスが発狂しますよ? 今日はタダでさえアクア達に手を焼いていたのに」
アクア達に手を焼いている?
昨日の夜は、アクア達は大分良い感じになってたと思ったんだがどうしたんだ?
そんな事を考えながら未だぐんなりしている俺を見て、めぐみんは布団をめくって服に手を......、
「うおっ!? ちょ、ちょっとお前何してんの!? いきなり何だよ、何服脱がそうとしてるんだ! お前ってばたまに予想外の事をするからビックリだよ!」
俺は脱がされそうになり飛び起きた。
「今更カズマの裸くらいで動じる私ではありませんよ、クーロンズヒュドラ戦で服まで溶かされたカズマを見てますし。ほら、自分で脱がないのなら私の手で脱がしますよ」
女の子の手で脱がされるというのもそれはそれで悪くないかなと思ってしまったが、さすがにこんなところをアクアやダクネスに見られては何を言われるか分からない。
俺はベッドから下りると、こちらから目を逸らそうともしないめぐみんの前で着替えを終えて、手早く顔を洗い支度する。
「......さ、さすがの私も、まさか目の前で堂々と着替えられるとは思いませんでしたよ」
「お前が今更俺の裸じゃ動じないって言ったんじゃないか。......ふう、水を飲んだらちょっとスッキリした。ところで、さっきアクア達に手を焼いてるとか言ってたな。あいつら一体どうしたんだ?」
「昨夜はアクシズ教団の出店が評判で、エリス教徒に比べ相当の売り上げがあったらしく、段々とアクシズ教徒達が調子付いているのですよ。具体的には、エリス教団よりも売り上げが多いアクシズ教団に、もっと出店の区画を寄越せとごねてる様です」
昨夜見たアクアの姿は何だったんだ。
もうボロが出始めたのか?
......いやいや、勝手に決めつけるのはまだ早い、アイツは生まれ変わったんだ。
蟬退治の時もちゃんと学び、昨日だってあれだけ素直で謙虚な態度を見せていた。
そうだ、一部のアクシズ教徒達が暴走しているに決まってる。
でも......。
「......何だか嫌な予感がするからそっちはダクネスに任せておこう。うん、今日はアクシズ教団のブースにも近付かない。俺達は花火でも見に行こうぜ」
「そうですね。せっかくの夏、せっかくのお祭りなのですから、たまには厄介事からは離れ、こうしてデートみたいな事でもしましょうか」
何かを察したらしいめぐみんも、あっさりと同意してくれた。
そう、せっかくの夏祭りなのだ。
毎回何らかの揉め事に巻き込まれる俺にも、たまにはのんびりと祭りを楽しむ機会があってもいいはずだ──!
「──まあ、こんなこったろうなとは思ってた」
「そんな所で突っ立ってどうしました? ほら、早く行きますよ」
不思議そうな顔をしためぐみんが、商店街の入り口でしょんぼりと佇む俺の手を引いた。
「私、誰かと一緒にお祭りとか、花火大会とか見に来るの初めてなんだけど! ねえめぐみん、どこかおかしいところはない!? 一応気合い入れて来たんだけど!」
「そのテンション以外にはおかしいところはないですよ。お願いですから、祭りぐらいで取り乱さないでください」
デートとか思わせぶりな事を言いながら、ゆんゆんも同伴だった。
俺は待ち合わせ場所に現れたゆんゆんと挨拶を交わし、ちょっとだけ肩を落として二人の後をノロノロと......、
「まだ二人きりになるには早い時間です。花火大会が無事に終わったら、一緒に帰りましょうね」
付いて行く俺の耳元で、めぐみんがそっと囁いた。
「今までの私なら、お祭りの時期は家に籠もっていたんだけど。こうしてお祭りに来られる日がくるだなんて、紅魔の里を出て本当に良かった! ......カズマさん、どうしたんですか? 何だか挙動がおかしいですけど......」
「なふぁっ!? ななん、なんでもないよ、俺も祭りで興奮しててな! ていうかゆんゆん、祭りこそ誰か友達やなんかとバッタリ出会うチャンスなのに、そんな日に引き籠もってたのか? まあ、上級引き籠もりの俺としてはその気持ちが分からなくもないけどな。祭りや人混みなんかは出歩かない。うん、これは言ってみれば常識だしな」
めぐみんに不意討ちを仕掛けられ半ばパニックに陥りまくし立てる俺に、ゆんゆんは訝しげにしながらも。
「私はカズマさんみたいに引き籠もりじゃあないですよ。一人で祭りに行って、そこで私を除くクラスメイトが集まって遊んでる場面に出くわしたら、気を遣わせるかもしれないじゃないですか。誘わなくてごめんねとか謝られたらいたたまれませんし......」
「分かった、もう止めてくれ! 俺が悪かったからそれ以上は言わないでくれ! 今日はたっぷり付き合うから!」
ああくそ、最近のこの流れは何だってんだ、めぐみんにはここのところ、完全に主導権を握られている気がする。
なんだよ、二人きりで帰ってどうしようってんだよ、もちろんただ一緒に帰るだけじゃないんだよな、その後なんか別のイベントに発展するんだよな?
ちょっとは期待してもいいんだよな?
ていうか女ってズルい。
耳元でたった一言囁いただけで、こんなにも惑わせるとか!
2
射的の出店を射撃スキルで軒並み荒らし、持ち前の運の良さでくじ引き関係の店も全滅させた頃。
「......なんというか、カズマは容赦というものを覚えた方がいいと思いますよ」
「本当ですよ、射的のお姉さんもくじ引きのおじさんも泣いてましたよ? 今日はもう店仕舞いだって」
俺は二人の紅魔族の少女と共に、あちこちの出店を渡り歩いていた。
「いいか、祭りってのは本来店主との戦いなんだよ。俺のいた国なんかでは、高価な景品をくじの一等賞に飾っておきながら、くじが完売しても最後まで当たりが出ないなんて事はザラだったぞ。他には、当たりを引いて大喜びで家に持って帰って開けたら、中身は名前を似せただけのバッタ物だったりな」
「一度じっくりとカズマがいた国の話を聞いてみたいのですが。......それよりも、今年のお祭りはいつもと違って楽しいですね。カズマが提案した仮装パレードでしたっけ? 皆思い思いに好きな格好して歩いてますよ。サキュバスやインキュバスなんて過激なコスプレしてる人もいましたし、案外お祭りに誘われて、本物が交じっているかもしれませんね」
意外に鋭いめぐみんにちょっとだけヒヤリとしながらも、俺も祭りの様子を眺める。
いつもとは違うアクセルの街。
そこではバニルがお面屋ならぬ仮面屋を開いていたり。
それを嬉々として買うサキュバス達に交じり、めぐみんまでもが仮面を欲しがったり。
バニルに、店を手伝って行けとなぜかゆんゆんが絡まれていたり。
祭りの会場には悪魔達だけではなく、普段はあまり見る事のない、獣人や耳の短いエルフ、ドワーフ、その他様々な種族が見られた。
かがり火に照らされた幻想的な光景に、俺は今日ほど異世界に来たんだと感じた事はなく。
「本当に、異世界なんだなあ......」
気が付けば、俺は無意識の内に小さく溢していた。
「............」
隣にいためぐみんが、そんな俺をジッと見ながら、なぜか少しだけ不安そうな表情を浮かべ、何かを言いたそうにしている。
「どうした? そんな、爆裂魔法のお預け食らった時みたいな顔して」
「......いえ、別に......」
相手が魔王の幹部だろうが王女様だろうが言いたい事はハッキリ言うはずのめぐみんが、珍しく言葉を濁した。
こいつらにも、いつか異世界からやって来たと言うべきなのだろうか。
それを言ったところでどうなるものでもないし、何かが変わるわけでもない。
アクアが女神を自称するのを丸きり信じてもらえない様に、俺までおかしな事を言い出したと思われるかもしれない。
最近は生活が安定したからかもしれないが、この世界に来て悪くなかったと思える時がある。
いつかこいつらに、俺の国の話をしてやろうか──
と、その時、アクセルの街の貯水池の方から腹に響く震動と共に音が鳴る。
花火大会が始まった様だ。
夜空に色とりどりの光が咲き乱れ、その度に辺りから歓声が上がる。
夜空を見上げためぐみんは、それまでのしんみりした空気を変えようとするかの様にきゅっと俺の手を握り締め......、
「カズマ、私達も早く向かいましょう! 急ぎ参戦しないと間に合わなくなります!」
そんな、ムード溢れる事を言っ......。
「......参戦? えっ、ちょっ、おい引っ張るなよ! 花火ならここからでも十分見えるだろ!?」
「何を言っているのですか、私達は冒険者ですよ? ここで私達が防戦しなくては、一体誰が祭りを守るのですか!」
お前が何を言っているんだ。
だが、喉まで出掛けたその言葉は、周囲の冒険者を見て止められた。
魔法使い職とおぼしき者が、取る者も取らずに駆けていく。
さっきまでそこにいたゆんゆんでさえも。
「おい、状況を説明してくれ! 何なんだ? これは花火大会だろ!? 皆慌ててどこ行くんだよ!」
めぐみんの後を追い掛けながら俺が叫ぶと、
「虫です!」
先頭を走るめぐみんの代わりにゆんゆんが答えてくれる。
「虫!? 虫が何だってんだよ! 祭りの期間中は盛大にかがり火焚いてるんだから、虫なんてそこら中にいるだろ!?」
俺の疑問にめぐみんが。
「毎年、この時季はこれがあるから虫の駆除が依頼に出されるのですよ。夜になると祭りのかがり火の光に釣られ、近くの森や平原から、活発化した虫たちが街へ飛来します。彼らは街の上空を旋回しながら虎視眈々と襲撃の機会を窺います。そこで、花火大会です。そんな彼らのど真ん中に、爆発魔法や炸裂魔法を打ち上げるのですよ」
えっと、一体どういう事?
「カズマさんの国では花火がどういう扱いなのかは分かりませんが......。この国では、夏の花火は集まって来た虫に対する宣戦布告の合図ですよ?」
これだから異世界は!
3
──信じられねえ。
めぐみんのやつ、あれだけ後で二人きりになろうだの甘い言葉を囁いて期待させておきながら、花火大会が始まったら真っ先に突っ込んで行きやがった。
ついでに言うなら、街中で爆裂魔法をぶっ放そうとして警察に取り押さえられた。
......そして連行されていった。
あいつ、ムードもへったくれもないにしても程があるだろう。
夏のお祭りという雰囲気に当てられ、勝手に盛り上がった俺の気持ちを返して欲しい。
虫の襲撃を防衛し、一人屋敷に帰ってきた俺は、幾分しょんぼりしながら部屋に戻る。
いつまでもしょげていても仕方がない。
祭りに来たのに弓など持ってきているはずもない俺は、空を飛び回る虫から逃れてブラブラしていたところをクリスに捕まり、急遽ある事が決まった。
──俺は黒装束に身を包み、怪しげな仮面を付ける。
この日のために買っておいた魔道具を、リュックに詰めれば準備はOK。
そう、今からあの忌々しい鎧にリベンジするのだ。
今回は叫ぶ鎧への対策として、ある魔道具を用意した。
そろそろ日付が変わる時間帯。
アクアは祭りの打ち上げでもやっているのかまだ帰っていないみたいだが、ダクネスはそろそろ寝る頃だろう。
クリスとの待ち合わせ場所に向かうべく、俺は玄関からではなく、自分の部屋の窓から出掛ける事にした。
黒装束と仮面姿でうろうろし、万一屋敷の誰かに見つかっては困る。
アクアはもちろん、正体を知っているダクネスに見つかっても、今の格好を見られれば何をしに行くのかバレてしまう。
よし、行くか。
俺は窓からロープを垂らし、そのまま外へ......、
「カズマ。明かりが点いている様だが、まだ起きているのか?」
出ようとして、慌ててロープを外し窓を閉めた。
「おおお、起きてるぞ! でも今から寝ようとしたところだ!」
そう言って、俺は慌ててロープを隠すとドアに鍵が掛かっている事を確かめ息を吐く。
こんな姿を見られたら、間違いなくどこへ行くのかを吐かされる。
「そうか......。その、こんな時間にすまないのだが、ちょっといいか?」
正直ちっとも良くないのだが、ダクネスの声はなんだかいつもと違う気がする。
「......分かった。でも少しだけ待ってくれ、ちょっと今の姿は見せられない」
「ッ!? わわ、分かった。取り込み中にすまなかったな」
ダクネスがなぜか慌てながら返事をする中、俺は急いで服を脱ぐ。
そして仮面とリュックと共に、クローゼットの中に押し込んだ。
「はあ......はあ......。ま、待たせたな......」
「なに、別に待っては......おい服を着たんじゃなかったのか! 何をしていたのかは聞かないでおくが、せめて息を整えてからにしろ!!」
荒い息を吐く俺を見ながら、ダクネスが頰を染めながら目を逸らす。
おっとしまった、パンイチじゃないか。
......っておい。
「ちょっと待てよ、別に変な事してたわけじゃないからな! 誤解すんなよ!!」
「わ、分かったから! 別に誤解なんてしない、しないから服を着てくれ! あと、そういう事をしたのなら寝る前に手ぐらい洗え!」
こいつやっぱり勘違いしてるじゃないか!
ちゃんと誤解を解きたいとこだが、今はそんな事してる時間もない。
「......まあいい。で、一体どうしたんだよ。そんな格好で俺の部屋の前でうろうろしてると、アクアに変な噂を流されるぞ」
薄いネグリジェ姿のダクネスは、何というか目のやり場に困る。
今から神器の奪取に行くという用事がなければ、気の済むまでガン見してるところだ。
いや、もちろん今もガン見してるが。
「そ、その......。ここでは何なので、入ってもいいか?」
見られたらマズい物がクローゼットに隠してあるので入って欲しくはないのだが。
そんな事は言えるはずもなく、俺は部屋に引っ込みベッドの上に腰掛けた。
「どうしたんだよ急に。明日の朝じゃダメなのか?」
「い、いやっ!? まあ別に、朝でもいいと言えばいいのだが......その......。ほら、ここのところお互い何かと忙しくて、屋敷でもなかなか顔を合わせる機会がなかっただろう?」
煮え切らない返事をするダクネスは、俺の部屋を落ち着かなそうにキョロキョロ見回し、おそるおそるベッドに腰掛けてきた。
クリスが待ってるだろうしとっとと用を済ませて欲しいのだが。
と、所在なげに指をもにょもにょさせていたダクネスが、意を決した様に顔を上げ。
「カズマ、お前には、その......。まだ謝っただけで、きちんとお礼を言っていなかったから......。一度二人きりの時に、ちゃんとお礼を言っておこうと思って......」
小さな声ながらもハッキリと言いながら、真剣な表情で俺を真っ直ぐ見つめてきた。
ああ、もしかして......。
「領主のおっさんからお前をさらってきた件か? あれなら俺が勝手にやった事だし礼なんかいらないよ。お前だって俺達の借金を勝手に肩代わりしてくれてたみたいだけど、俺も礼なんか言ってないだろ?」
おどけた様にダクネスに言うも、それで納得してくれたふうには見えない。
こうしている間にもクリスが待ってる。
なんて面倒な女なんだ、礼なんて別にいいのに。
俺が半分以上うわの空でソワソワしていた、その時だった。
ダクネスは、見ていると胸が痛くなる様な、なんだか今にも泣き出しそうな顔で俺に笑い掛け。
「お前には......楽しい事や新しい事、悲しい事や腹立たしい事に至るまで、貴族の娘としてはあり得ないくらいに多くの思い出をもらってしまった。お前と出会わなかったなら、皆で旅をするなんて事もなかったし、あれほどまでの大冒険をする事もなかっただろう。お前と出会ってからの一年は、私が生きてきた中で、最も楽しく、それでいてとても幸せな時間だった」
囁くようにそう言いながら。
何と返していいのか固まっていた俺の手を、両手で包むように握ってきた。
「だから、礼を言わせてくれ。これは領主から助けてくれた事だけじゃない。本来なら正体を知ったら誰もが距離を置いてしまう、貴族の娘と一緒にいてくれてありがとう。お前達と暮らすこの屋敷はとても居心地が良い。まるで......。そう、顔も知らない亡き母上が生きていたなら、きっと、もっと早くこんな気持ちになれたのだろう......」
照れた様にはにかみながら。
「だから、改めて貴方にお礼を。今までずっと一緒にいてくれて、私が諦めかけた時ですら助けに来てくれた貴方に。心から、感謝します......」
ダクネスは、急に貴族の令嬢みたいな口調に改めると、握ったままの俺の手に、優しく力を込めてきた。
──緊張のあまり心臓がパンクしそうです。
何これなんなの、どうして突然こんな恋愛イベントが始まってんの?
俺はめぐみんルートに入ったんじゃなかったのか?
めぐみんと良い感じになり、ルート確定したと思ったら令嬢ルートだった。
何を言っているのか分からないかもだが、俺も自分で何を言っているのか分からない。
なんだよどうしてこうなった!?
いや待て、ちょっと落ち着こう、落ち着くんだ佐藤和真、単にお礼を言われただけじゃないか、童貞でもあるまいし今更何を動揺している。
いや違う、俺童貞でした!
ていうかこのまま流されちゃあダメだろ常識的に考えて、だってさっきまでめぐみんと花火に行ったりしてあんなに盛り上がっときながらその日の内にダクネスとも良い雰囲気にとかさすがにクズマさんとか言われても否定出来なくなるいや違うそうじゃなくて!
何考えてんだ俺本当に混乱してるな俺待て待てまだ慌てる時間じゃない、相手はあのダクネスだ、いつも変な事ばかり言っているダクネスだ、ちょっとした事ですぐ怒るダクネスだ、以前あと少しで一線を越えそうになったダクネスで、
「だからその、今夜は、だな。あの......お礼を......」
顔を赤らめてくるダクネスで、顔を近付けてくるダクネスで、緊張で唇が乾いたのか、舌先で自分の唇をちろりと舐めるダクネスで、そうだあのダクネスだ佐藤和真、ここまできたなら男を見せろ!
このままクールにリードしながら良い感じに返してそのままガッと、
「きき気ににすんんな、めぐみんにもダクネスを助けてくれてありがとうございますとか二人きりの時に言われたしあれだよほれそんなのまあ良いって事だ、俺とお前の仲だろ!」
よし、ちょっとだけクールじゃなかったかもしれないがまあ八十点の自己採点を付けさせて頂こう、後はこのままの流れでガッと、
「......まったくお前は、こんな時にめぐみんの名前を出すだなんて無粋にもほどがあるぞ」
いく事もせず、ダクネスはちょっとだけ困った顔で立ち上がると。
「とはいえ、警察の方から通達があってな。めぐみんの解放は今夜遅くになると言っていた。そんな時を狙ってお前の部屋を訪ねるというのも、卑怯だったな......」
そんな事を言いながら、ふと身を屈めて顔を寄せると。
スッと俺の頰に唇を触れさせた。
そして再び身を起こすと、恥ずかしそうにはにかみながら。
「今のは以前約束していた、クーロンズヒュドラを倒してくれたら頰にキスを、というヤツだ。......領主から助けてくれた礼は、またいずれ......!」
ダクネスはくるりと背を向け慌てて出て行き......。
俺はそんなダクネスの背中に向けて叫びを上げた。
「んだよもおおおおおおおお! 待てよダクネス、お前ここまで盛り上げといてほっぺたチューとかそりゃないだろふざけんなよ! めぐみんといいお前といい、人を期待させといてほんと何なんだよ! リテイク! リテイクを! お前はやれば出来る子だ、勇気を出して後一歩踏み出そうぜ!」
「お前というヤツは本当にどうしてそうなんだ! さっきまでの甘酸っぱいムードを返せ!!」
4
怒ったダクネスが部屋に帰ってしまい、悶々としながらもどうにか寝直そうと布団に入り。
クリスの事をすっかり忘れていた事に気付き、俺が慌てて待ち合わせ場所に駆けつけたのは、約束の時間から二時間が過ぎた頃だった。
待ち合わせ場所に到着すると、そこには俺と同じ黒装束に身を包み、口元をマスクで覆ったクリスの姿が。
「遅いよもう! なんだってこんなに時間掛かるのさ!」
「いや悪い、ダクネスと色々あってさ。まさかこんな夜遅くに、あんな格好で部屋に来るとは思わなくて......」
「えっ!?」
ぷりぷりと怒っていたクリスが止まる。
「ま、またまた。そんな適当な事を言って、あたしの怒りをごまかそうったってそうはいかないからね。意味深な事言いながらも、どうせ大した事件は起こらなかったんでしょ?」
「まあ、大した事は起こらなかったかな。ダクネスにいきなりキスされたくらいで」
「はー!?」
冷静を装っていたクリスは突然素っ頓狂な声を上げ、驚愕の表情で固まった。
仮にも女神がそんな顔するものではないと思う。
「時間も押してる事だし、面白い顔してないでとっとと行こうぜ。あんな事があったせいかどうかはしらんが、今夜はなんか体の調子が良いんだよ」
「ええええ!? ねえちょっと待って、キミってキスされたのになんでそんなに落ち着いてんの!? 噓でしょ? ねえ、見栄張ってるんだよね!?」
なぜかクリスはやたらと食い下がってくる。
「本当だってば、なんならダクネスに聞けばいいさ。『夜中にカズマの部屋を訪問して、突然キスしたって本当ですか?』って。しかしどうしたもんかね、つい先日、めぐみんからも好きとか言われちゃったんだけど。しかも今日なんて、花火大会が終わったら二人きりで帰りましょうとか言われてたんだよ、めぐみんがぶち壊しにしちゃったせいで流れちゃったけど。お頭どうしよう、もしかしたら俺、この祭りの期間中に大人の階段を上るかもしれない」
「マジでえ!? そういえばキミってこの前、『最近はめぐみんともちょっと良い感じだし、ダクネスだってなんか俺を意識してるみたいだし!』とか言ってたよね。えっ、ちょっと待って、まさかの三角関係なの!?」
クリスは思わず口元を押さえ、興味津々な表情でこちらを見やる。
「ええええ......。ダクネスってば、いつの間にそんな大胆な子になってたの!? ていうかキミ、めぐみんにも好きって言われたって? ねえどうするの!? どっちを取るのさ!?」
「おいおい、そう結論を急ぐなって。ていうか俺も悩んでるんだよ、今の状況は日本のマンガや小説でよくあるパターンだ。そう、出会う美少女皆に好かれ、ハーレムを形成していく展開だな。......しかしあの二人の場合外見には文句ないんだけどさ、中身がアレじゃん。この流れでいくと他にも色んな女性とのフラグが立ちそうだし、結論を出すのは早いと思うんだよ。なあ、俺はどうしたらいいと思う?」
「死んじゃえばいいかなと思うよ。......でも驚きだよ、皆いつの間にそんな事に......」
女神なだけあって恋愛話に免疫がないのか、それとも親友のダクネスがいつの間にか自分より先に大人の階段を上りそうでショックだったのか、ふらふらしながら後を付いてくるクリスを引き連れ、俺はアンダイン家の屋敷を目指す。
今夜は雲もなく、綺麗な満月が昇っていた。
盗みに入るのを急遽この日にしたのにはわけがある。
以前盗みに入って失敗した事で、きっと相手は警戒している。
だが、さすがに祭りの期間中ともなると多少は油断もあるだろう。
しかも今夜は花火大会があった後。
街を守るのは貴族としての義務なのか、この屋敷の守衛達も、先ほど街の防衛戦に参加させられていた。
となるとさぞかし疲労している事だろうし、それに年に一度のお祭りという事で、こんな時間にも拘わらずそこかしこで酔っ払いが騒いでいる。
叫ぶ鎧への対策はしてあるが、万が一それが失敗して追われた際は、黒装束や仮面を脱ぎその辺の酔っ払いに紛れ込めばいい。
──やがてアンダイン邸に着くと、以前俺達が侵入した裏口は完全に封鎖され、もう一つの入り口である正門には二人の見張りが立っていた。
クリスの話によると、こないだの侵入以降、朝まで常に守衛がいるとの事だ。
「さて、どうしようか助手君。この屋敷は王城みたいに広くない分、見張りを立てられると侵入は難しいよ?」
「どうしたもんですかね、どうにか気を引いて侵入したいとこなんですが......」
屋敷を遠巻きに観察しながら、俺達が二人悩んでいたその時。
「あ、あの......。もしかして、そこにいるのは銀髪盗賊団のお二方ではありませんか?」
と、突然背後から声を掛けられ、思わずバッと振り向くと。
「ははは、初めまして! いえ、実は初めましてではないのですがっ! お二人には一度王城でお会いした事がありまして......。わたくし、あなた方のファンを自称しております、アークウィザードのめぐみんと申します!」
そこにいたのは、警察に連れて行かれたはずのめぐみんだった。
5
本当に、どうしてこうなった。
「いやあ、あたし達も有名になったもんだね! まあ、二億エリスもの賞金掛けられてるぐらいだしね!!」
めぐみんにファンだと告げられ、クリスが恥ずかしそうにしながらも浮かれていた。
照れてる場合かとツッコみたかったが、ここは無難に事を済ましたい。
俺もクリスも一応意識して声を変えてはいるものの、聡い者が聞けば分かるだろう。
だが、先ほどから興奮した様子のめぐみんは、
「賞金を掛けられるほどの盗賊団だなんて、本当に凄いですよ! そう言えば尋ねたい事があるのですが、お二人が王城に忍び込んだのは、王女様が危険な神器を所持していたため、その身を守ろうと思っての事だったのですか!?」
「あ、ああそうだ。我々は世に言う義賊、普段は庶民の味方だが、それがたとえ王女でも、いたいけな少女が危険に晒されるとあっては見過ごせないさ。困っている人がいるのなら、そこが貴族の屋敷だろうが王城だろうがどんな場所にでも忍び込む。それが俺達仮面盗賊団だ」
「ふわあああああ......!」
俺を羨望の眼差しで見てくるめぐみんに、ちょっとだけ心地好さを感じていると。
「ちょ、ちょっと助手君、銀髪盗賊団じゃなかったの!? こんな時だけズルいよ、お頭はあたしなんでしょ!?」
「お頭こそ何なんですか、王城で大事になりそうだった時には、俺がお頭でいいから仮面盗賊団にしてって言ってたじゃないですか!」
目を輝かせているめぐみんから顔を背け、ヒソヒソと囁き合う俺達に、
「それで、お二人はこんな所で何をしているのですか? ここって貴族の家ですよね? ......しかも、あまり評判のよろしくない......」
めぐみんは、そう言って更に期待に満ちた目を向けてきた。
俺とクリスは顔を見合わせ、互いに小さく頷き合った。
「めぐみん......とか言ったね? 実は我々は、この屋敷に眠るある物を狙っているんだ。それは人類の未来のために必要な物。盗みという行為は確かに褒められるものではない。だが......、だがこれは俺達にとって、たとえ自らの首に賞金を掛けられてでもやらなくてはいけない事なんだ」
「ふわあ......。ふわあああああ......!」
めぐみんが俺達へヒーローを見る眼差しを向ける中。
「うん、あたし達はこれから屋敷に盗みに入る。そして、魔王軍に対する切り札の一つを手に入れる。キミが通報するというのなら止めないけれど......、でも信じて欲しい、これは人類のためなんだよ!」
「信じます、信じますとも! そして、もちろん通報なんてしません! ......それでその、代わりと言ってはなんですが、ちょっとお願いがあるのです」
なぜか恥ずかしそうにモジモジしだしためぐみんは、
「是非これを読んでください! お二人がどれだけ格好良いか、どれほどに魅力的かを綴ったファンレターです! いつかまた会う時があったら渡そうと、ずっと大事に持っていたのです!!」
と、頭を下げると一通の手紙を差し出してきた。
そういえば、王都から帰ってきた時にいつか会った時に渡したいとか言って何か書いてたな。
しかし、こうして手紙とかもらうとドキドキしてくる。
もちろんめぐみんにとっては憧れのヒーローに手紙を渡しているだけなのだろうが、なんだかラヴレターをもらう気分だ。
俺は手紙を受け取ろうと、
「ありがとう、この仕事が終わったら大事に読ませてもらうから」
する前に、なぜかクリスがそれを取る。
「ちょっと何やってんですかお頭、それは俺にくれた物ですよ!」
「何言ってんのさ、めぐみんは銀髪盗賊団へのファンレターをくれたんだよ!? キミじゃなくってあたし達二人に宛てた手紙なんだから、お頭がもらうのが筋でしょう!?」
手紙を巡ってコソコソと喧嘩を始めた俺達に、めぐみんは再び頭を下げながら。
「受け取って頂いてありがとうございます。今日は花火大会のあと、楽しみにしていた事が色々あってダメになってしまい、ちょっと落ち込んでいたのですが......。おかげでこうしてお二人に会えたのですから、悪い事ばかりではないですね」
そう言って、無邪気な笑みを浮かべた。
6
「正体がバレずに済んで良かったですねお頭。しかし、こんな時間に鉢合わせるだなんて運が良いのか悪いのかよく分かりませんが」
「キミとあたしがいるんだから、運が悪いなんて事はないはずさ。こうしてファンレターなんて貰っちゃったしね」
『何かお手伝いがしたいとは思うのですが、早く帰って謝らないといけない人がいるもので......』と言って俺達から離れためぐみんは、別れを告げながらも、未だ遠くから心配そうにこちらを何度も振り返っている。
謝らなければいけない人ってのはもしかしなくても俺の事だろう。
「お頭、やっぱり俺今日は帰ってもいいですか? 今夜帰ればめぐみんイベントが進行しそうなんですよ」
「よくないよ、今日は色んな意味で侵入するのには都合がいいんだから! っていうかめぐみんイベントってなにさ!? せめてダクネスかめぐみんのどっちかに絞りなよ!」
仕方ない、ならこれは急いで仕事を終える必要がある。
と、めぐみんからのファンレターを胸元に仕舞い込もうとしているクリスに気が付いた。
「......お頭、それは仕事が終わったらどっちの物にするか勝負して決めましょうよ」
「いいよ、勝負は公平にジャンケンだ」
「運が絡む勝負はなしで!」
──予想外の事が起きたが、おかげで急いで帰る必要性が出てきてしまった。
ここはとっととケリを付けよう。
「ここは見張りを無力化しましょう。今日はなんか絶好調なんですよね、二人くらいなら瞬殺出来そうなぐらいに」
二人と良い雰囲気になったおかげでいつになく昂ぶっているのだろうか。
「キミは魔族か何かなの? 王城に侵入した時もテンション高かったけど、キミって深夜になると元気になるよね」
「そんな事言ったら日本のニートは大体皆魔族ですよ。それじゃ気付かれない様に出来るだけ近付きますから、お頭も潜伏スキルをお願いします。今夜は満月、しかも祭りの期間中はずっとかがり火を絶やさないおかげで普段より明るいです。特に注意していきましょう」
俺とクリスは潜伏スキルを使いながら、忍者の様に壁に張り付きじわじわと距離を詰めていく。
守衛の二人は緊張感もなく雑談している。
これなら不意を突けばいけそうだ。
俺は冷静にタイミングを見計らおうと、二人の会話に耳を傾け、
「しっかし、今回の祭りは最高だな! いつになく盛り上がってるし、アクシズ教団様々だよな。何だよ、売り子が全員水着って。天才の発想かよ」
「サキュバスのコスプレ可ってのも大きいよな。俺、凄え子見ちゃったもん。いいよなあ、今回の祭りは。知ってるか? 何でも今回の祭りは、仕掛け人がいるらしいぜ?」
おっと、仕掛け人ってのはひょっとしなくても俺の事ですね。
しかし兵士達の間ですら話題に上るだなんて、評判は上々の様で何よりだ。
「仕掛け人ってアレだろ? エリス教団とアクシズ教団を競わせて、盛り上げるだけ盛り上げ上前を撥ねようっていうゲスな作戦」
「おう、それそれ。アクシズ教徒を焚き付けたのもサキュバスのコスプレも出店の売り子総水着化計画も、そいつが全部考えたらしいぜ。確か名前は──」
俺は陰から飛び出した。
二人は俺に気が付くと、慌てながらも腰に下げた剣に手をやって──
「『ダブルドレインタッチ』!」
両手で二人の口元を押さえ、ドレインタッチで魔力を吸収。
クリスの前でとんでもない事を口走ろうとした兵士をあっという間に黙らせた。
「ちょ、ちょっと助手君、あんまり無茶しないでよ! 不意を突けたから良かったけど、今のは叫ばれる寸前だったよ!?」
「絶好調の今ならいけると判断したんです。実際間に合ったでしょう? 大丈夫、俺に任せてください」
実際危ないとこだった。
叫ばれる云々ではなく、あと少しでも喋らせていたら本気で天罰を受けたかもだ。
クリスは魔力切れで昏倒した二人の守衛を茂みの中に引き摺りながら。
「まあ結果的には良かったけどさ、無茶はしないでね? 今夜の虫の襲撃で、ここの兵士達も防衛に狩り出されてたから、皆疲れて油断してる。こんなチャンスはもう無いんだから」
「分かってますって。ではとっとと行きましょう、俺は早く帰ってめぐみんとイチャコラするんです」
「キミ、ここに来る前にダクネスと良い雰囲気になってたんだよね? その内刺されても知らないからね? そんな死に方したら蘇生の許可は出さないよ?」
そんな不安になる様な事言わないで欲しい。
でも大丈夫、俺は別にあの二人に付き合ってと言われたわけじゃない。
なら、俺が誰と何をしようが文句を言われる筋合いはないはずだ。
「ところで、あの守衛の人が言ってた事がちょっと気になるなあ......。祭りの仕掛け人がどうとかってやつ。助手君は何か知らない?」
「し、知らない......」
......別の意味でも、早くこの仕事を終わらそう。
──アンダイン邸に侵入した俺達は今回も順調に進んでいた。
二度目の侵入なので屋敷内部を既に知っているというのもある。
だが、何事も起きずにこうもうまくいくというのは、やはり幸運の女神が一緒にいる事も大きいのだろう。
あまり考えたくない事だが、ひょっとしたら王城に侵入した際、俺が宝物庫で警報を鳴らさなければ何事もなくスムーズにいったのかもしれない。
やがて、前回やって来た宝物庫に着いた俺達は、隠し扉の前で頷き合う。
俺はポケットから今回のキーアイテムを取り出すと、隠し扉を押し開けた。
アイギスに叫ばれる前に、入ると同時に魔道具店で買っておいた結晶体を床に叩き付ける。
結晶体が砕けると共に、部屋の中に特殊な結界が張り巡らされた。
ウィズの店とは別の魔道具店で買ってきた、ちゃんと役に立つ普通の魔道具。
短時間だが、微弱な結界を発生させる魔法結晶だ。
これで、アイギスが念話を使って叫んでも、この部屋の外には漏れないはず。
後に続くクリスがリュックを開き、これも同じく魔道具店で買ってきた、弱い魔法を遮断する効果のある風呂敷を取り出した。
こいつでアイギスを包んでやれば、念話そのものが使えなくなる。
《いきなり現れて誰かと思えば、この間のコソ泥じゃねーか! 性懲りもなくまた来やがって、者ども出会え出会えーっ!!》
俺達の姿を見るや否や、アイギスがすかさず叫びを上げる。
俺はその叫びを無視し、アイギスに絡みついている鎖を外しにかかった。
《おいこら何やってんだよ、そんな事してる余裕あんのか!? この屋敷の主はお貴族様よ。捕まったら死罪なんだぞ? ......あれ、屋敷の中が静かだな。どうなってやがる?》
「へっ、そんなもん何の対策もなしにノコノコやって来るわけないだろ? お前の思念は屋敷の連中には伝わらない。残念だったな!」
アイギスに掛かった鎖を解きながら、俺は以前の逆襲とばかりに嫌らしく嗤い掛ける。
《一体何をしやがった!? ちょっ、よし、分かった! 取引だ、取引しよう!! お前らは俺の力が欲しいんだろ!? だったら俺に相応しい持ち主を見つけてくれ、そしたら協力してやるからよ! 多少は持ち主の妥協はするから、頼むよほんと!!》
以前の舐めた態度はどこにいったのか、アイギスは必死に懇願してくる。
俺はそんなアイギスの鎖をまた一つ取り外し。
「それは俺達が最初に来た時に言うべき事だったな! バーカバーカ、お前の持ち主は男に決まってんだろ! ムキムキマッチョで脂ぎったおっさんにお前をくれてやるから覚悟しとけよ!!」
《ふざけんなこの野郎! おい止めてくれ、お前が鎧だったとしてよく考えてくれよ! なあ頼むよ、お前だってむさいおっさんに着られたくないだろ? どうせ守るなら可愛い女の子を守りたいだろ!?》
「そりゃ凄く同意出来るが、お前のせいでエラい目に遭わされたんだからな。都合良くお前の要求が聞いてもらえると思うなよバーカバーカ!」
「じょ、助手君、こないだその子と喧嘩してたあたしが言う事じゃないけど、鎧相手に大人気ないよ......」
前回のクリスよろしく無機物を相手に喧嘩する俺に、風呂敷を広げたクリスが若干引いていた。
《あああああああ! いやああ、いやだあああ! 女! 着られるなら絶対女がいい! 黒髪美少女でも金髪ロリでも赤髪セクシーでもこの際どれでもいいから女がいい! 分かってんのか、俺を着て戦うって事は当然戦闘で汗を搔くんだよ、汗まみれになった野郎を包み込む俺の気持ちも考えてくれよ!》
悲痛に泣き叫ぶアイギスの言葉に、俺はちょっとだけ同情する。
汗まみれになったむくつけき大男を守るためその身を包むなんて、罰ゲームなんてヌルいもんじゃないが......。
「もう諦めろ。ちなみに帰る途中に騒いでも無駄だぞ? クリスが持ってるのは弱い魔法を通さない風呂敷だ。こいつでお前を包んで持ち帰るからな。ていうかお前、無機物のクセに微妙に注文多いんだよ。ワガママ言ってんじゃ......」
アイギスを縛っていた最後の鎖を取り外し、そこまで言った時だった。
《オラアッ!》
そんな声が響くと共に、顎に衝撃を受け目が眩む。
「じょ、助手君!? って、ちょ、ちょっと!? キミ、なんで動いてるのさ!」
クリスの言葉を聞きながら、くらくらする頭を押さえ、何とか状況を理解しようとアイギスを見ると──
《決めた。俺、旅に出る。俺を着られる美女を求めて旅に出るわ。この屋敷でメイドさんに毎日ワックスで磨いてもらう生活も悪くなかったが、お前らみたいなヤツがまた来ないとも限らないし。俺、自分のご主人様は自分で探す》
そこにあるのは、鎖を解かれて自由になったアイギスがシュッシュと軽快にシャドウをしている姿だった。
いよいよとち狂った事を言い出したアイギスに向けて、クリスは必死に頼み込む。
「ちょっと待ってよアイギス、この世界にはキミの力が必要なんだよ! 新しいご主人様が見つかるまでで良かったら、なんならあたしがキミを着るから......」
《ファーック! 男だか女だか分かんない盗賊に着られて何が嬉しいってんだ! 俺は自分のご主人様は自分で探すって言ったろ!? ......そんなに言うなら俺との相性チェックといこうか? ......ふむふむ、顔の造形Aランク、職業適性Cランク、胸のランクは論外ですね。残念ながらこの度はご縁がなかったという事で......》
「むかーっ! こっちが甘い顔して頼んでいれば! それなら実力行使でいくよ! 『バインド』ッッッッ!」
とうとうキレたクリスが叫び、腰のワイヤーを投げつける。
金属製のワイヤーは、そのままアイギスの自由を──!
《お、このワイヤーでどうしろと? なんすか、これで縛り上げて欲しいんすか? ヘイヘーイ、可愛い顔しちゃってからに、とんだご趣味をお持ちの様だ!》
奪おうとはしなかった。
クリスが放ったワイヤーは、なぜかぽとりと床に落ち。
アイギスは両手を上げてやれやれと肩をすくめるポーズを取り、固まったままのクリスを挑発した。
「『バインド』ッッッ!」
クリスに続いて俺も拘束スキルを放つが、そのワイヤーも床に落ちる。
《性懲りもなくそんなもん投げつけやがって。ったく、まだ分かんねーの? 俺を何だと思ってるわけ? 伝説級の聖鎧アイギスさんですよ? この世で最も頑強で、魔法も効かず、スキルも効かず、持ち主の傷を自動で癒やす、歌って踊れる聖鎧だよ? お前らみたいなコソ泥に負ける要素が見当たらねーなー!!》
コイツ!
「お頭、スキルは効かないみたいだけど、鎖で縛られてた以上コイツはそこまで強い力はなさそうだ! 二人で取り押さえて拘束しよう!」
「わ、分かった! あたしは右からいくから、助手君はそっちに回って!」
俺達のやり取りを聞いたアイギスは、まるで空手の型の様なポーズを取る。
《おっなんだ、まだやるってのか? 俺の拳は文字通り鉄拳なんだぜ? そう、俺はまさしく全・身・凶・器!》
「こいつほんとに何言ってやがる、ペラペラペラペラうるせえよ! お前鎧のクセに喋り過ぎだ! おらあああっ!」
「よし、捕まえたっ!」
俺とクリスは同時に飛び付き、アイギスの胴体にしがみつく。
「お頭、このまま腕を引っこ抜いちまおう! バラバラにしてリュックに詰めようぜ! あんまりやかましい様なら、兜はこの部屋に置いてってもいいし!」
《おい物騒な事言ってんじゃねえぞ。継ぎ目一つないマイボディは分解不可だ、ご主人様が鎧を装着する際にはキーワードを唱えて装備するんだよ。俺を運びたいなら着てった方が早いんじゃないかな。鎧を着るためのキーワードは『あたし鎧少女になる!』だ。さあ唱えてごらん》
「あ、『あたし鎧少女に......』」
「お頭、そんなバカなキーワードなわけないでしょう、騙されてますよ! おっ、こ、このっ、コイツ意外に力が強い......!」
両腕に取り付いた俺達をずるずると引き摺ったまま、アイギスは部屋から出て行こうと......!
「お頭、マズい! 部屋から出られたら消音出来ない!」
「ああっ、ちょっ、いい加減にしなさいアイギス! 私はエリス。この世界を管理する、女神エリスです! 私にはあなたを管理する義務があります、さあ大人しく一緒に来なさい!」
《それはわざわざご丁寧に。......可愛い顔してるのに勿体ねえなあ、やっぱ人間中身も大事だな、ご主人様探しの際には気を付けるわ》
「なにおおおおおおお!」
本物の女神だと信じてもらえない事にクリスが激昂するが。
《さてお二人さん、どうやらここでお別れの様だ。そんなに俺が欲しいなら、まずは男を引き留められるだけの魅力を付けるんだなお嬢さん。具体的には胸とかな。貧乳はステータスとかほざく輩がいるが、俺から言わせればそりゃ負け犬の遠吠えってやつだぜ》
「きーっ!」
煽られたクリスが顔を真っ赤にしながらアイギスの腕にしがみつくも、アイギスは俺達を引き摺ったまま隠し扉から出てしまった。
《世界の宝たる俺を守り切れなかったアンダイン家の諸君、君達には長らく世話になった! 誠に勝手ながら、俺はご主人様探しの旅に出る。再び俺が欲しいなら、とびきりの美少女を用意する事だ! さすれば俺は戻って来よう!》
頭が痛くなるほどの強烈な思念の声を屋敷中に轟かせると。
《ヒャッハーッ! 俺は自由! そう、今の俺はこの上なく自由だ! あたい今日から鳥になる! アイギスキーック!!》
俺達を振り解いたアイギスは宝物庫を駆け抜けて、三階の高さにも拘わらず窓に飛び蹴りを放ち出て行った。
それと同時に屋敷中に明かりが灯り、あちこちから罵声が飛ぶ。
この騒ぎを聞き付けて、屋敷の住人が起き出した様だ。
「何事だ!? また賊が現れたのか!?」
「今のは聖鎧アイギスの声です! 宝物庫の確認を!」
やばい、こっちに向かってくる音がする!
前回侵入した時俺達は、宝物庫の前の窓からカーテンを引き裂きロープ代わりにして脱出したのだ。
しかし、それを防ぐためなのか引き裂いたカーテンの代わりをまだ入れていないのか、窓にはそれらの物もない。
「お頭、このままじゃマズいです。ここが三階な以上脱出経路がありません。ここはですね、そこらの柱にお頭の持つバインド用のワイヤーを繫げ、それを伝って降りましょう!」
「ねえ、助手君の腰にもワイヤーあるじゃん、それ使えばいいんじゃないかな!」
「俺のワイヤーは金に物をいわせた特注品なんですよ! 調べられれば足が付きます!」
「だから、アイギスにバインドを仕掛けて失敗した時も慌てて回収してたんだね! あたしのだって軽めに作った特注だから、やっぱり足が付いちゃうよ!」
こうなったら仕方ない、王城の時の様に強行突破しかないか?
「お頭、覚悟を決めてください。久しぶりに本気を出します」
そう言って、俺が息を整えていると。
「まだ慌てる時じゃないよ。大丈夫、何とかなるから。あたしを誰だと思ってるのさ。幸運を司る女神だよ?」
と、クリスがイタズラを仕掛ける様な顔で笑った、その時だった。
窓の外がカッと輝き、それと同時にアンダイン家の窓という窓が砕け散る。
割れたガラスが飛び散る中、この街の住人なら誰もが聞き慣れた轟音が、夏の夜空に響き渡った。
7
──これも全てはあの忌々しい鎧のせいだ。
「カズマ、出てこい! 今なら説教で許してやる!」
ドアの前では激昂したダクネスがドカドカとドアを蹴りつけている。
「はしたないですよお嬢様! 貴族の令嬢を名乗るなら、もっとお淑やかにしたらどうなんですか!?」
俺は蹴り破られない様に全身を使ってドアを支え、向こう側に必死に叫ぶ。
「こんな時だけ貴族の令嬢扱いするな! カズマ、出て来てちゃんと説明しろ! さもないと、ここにいるクリスだけがお前の分も含めて酷い目に遭うぞ!」
「助手君、助けてえ!!」
ドアの向こうからはクリスの声。
だが......。
「残念だったなダクネス、俺にその手は通じない。今のは確かにクリスの声。だが俺の信頼するお頭がこんな簡単に捕まるはずがない。声真似が出来る様、アクアに芸達者になる魔法を掛けてもらったな? 俺の名推理を侮るなよ。そう、今の声はお前の声だ!」
「違うよ助手君何言ってんの!? 迷推理もいいとこだよ!!」
俺の完璧な推理に対し、悲痛なクリスの声が聞こえてくる。
俺は今、とある宿屋に立て籠もっていた。
アイギスに撃退された後、爆発に怯んだ使用人達の間をすり抜け、俺とクリスは街中を追い回された挙げ句適当な宿に逃げ込んだのだが......。
俺が押さえるドアの向こうから、再び聞こえるダクネスの声。
「カズマ、いいから出てこい! ここにいるのは私とクリスだけだ、警察もいなければアンダイン家の者もいない! ほらほら、お前のお頭とやらが大変な目に遭うぞ、本当にいいのか?」
俺は一言。
「お好きにどうぞ」
「裏切り者ー! ねえダクネスこの縄解いて! あたしも協力するから助手君を引き摺り出そうよ!」
「お、お前らは本当に......!」
──一時間後。
部屋のドアを蹴破られダクネスに取り押さえられた俺は、上半身を縄で縛られクリスと共に正座していた。
「で、またどうしてこんな事をやらかした。以前お前達に言っただろう、最初からきちんと話せば私が話を付けてやると。まったく、お前達がアンダイン家の者にバッチリ目撃されたせいで、街の冒険者含め色んな者どもがお前達の賞金目当てにうろついているぞ」
ある程度の事情を聞いたダクネスは、頭痛を堪える様にこめかみを押さえ息を吐く。
縛られたままの俺は隣のクリスを顎で指し。
「俺は、『相手が貴族ならダクネスに頼んでみるのはどうだ?』って言ったんだよ。『ダクネスの家の権力で融通してもらうってのは』どうか、って。そしたらお頭が......」
「ああっ!? それは確かに助手君はそう言ってたけど! でもダクネス、あの貴族は神器を非合法な手段で手に入れたみたいだし、評判も良くないしで、きっととぼけられると思ったんだよ! それにダクネスは領主の仕事で忙しそうだったし!」
ダクネスは深々とため息を吐きながら。
「いくら忙しくてもお前達が犯罪に手を染めるくらいなら時間を割くさ。そして、たとえそれが非合法な手段で手に入れた物だとしても、貴族には貴族なりのやり方がある。相手にそれ以上の見返りを与えてやれば、利に聡い貴族ならどうにでも出来るものだ。それが......!」
「痛い痛い痛いダクネス止めてえ! ごめんなさい、次からはちゃんとダクネスに言ってから盗みに入るからー!」
「盗まないという選択肢はないのかっ! 大体、私が一番腹が立つのは、だ!」
激昂し、クリスのこめかみを拳で挟みぐりぐりと締め上げていたダクネスは、キッと俺を睨み付け。
「昨夜私とあんな事があった後に、ノコノコと出掛けて行った事が一番許し難い! 貴様、もうちょっと葛藤したり何かあるだろう色々と!! あの後自分の行動を思い返し、恥ずかしさのあまり私がどれだけ悶えていたか......!」
「ああああああああ、割れる割れる頭が割れる! ごめん、ごめんなさい悪かった! でもそんなに恥ずかしがるなら、あんな事しなきゃ良かっただろ! しかもキスなんかで中途半端に止めやがって、俺だってあの後モヤモヤしたよ!」
俺の頭を鷲摑み、そのままギリギリと締め付けて......!
「ふあー!」
と、そんな俺達のやり取りを聞いていたクリスが、突然おかしな声を上げた。
そしてカタカタと小刻みに震え出すと......、
「あわわわわ......。昨夜助手君が言ってた事は本当だったんだ......! やったんだ! 本当にダクネスの方からキスとかしたんだ!!」
「ちょっ!? クリス、今そこはどうでもいい! というかカズマ、貴様そんな事までクリスに話していたのか!」
「しょうがないだろ、なんで遅れたんだって問い詰められたんだから! 大体、今更キスぐらいで恥ずかしがる間柄でもないだろ俺達は! 風呂で背中流してもらった事だってあるし、お互い裸だって見た間柄だろうに。そもそもお前の家に侵入した時、そっちの方から一緒に大人にならないかって」
「ああああカズマああああああああああ! よし分かった、もうこの話は終わりにしよう、実は今、それどころではないのだ! ほら、縄を解いてやるからとっとと出るぞ、お前達も手伝ってくれ!」
顔を真っ赤にしたダクネスが、取り乱しながら縄を解く。
「今もの凄い事が聞こえたんだけど、どういう事なの!? 二人はどこまでいっちゃってるの!? ひょっとしてあたしが子供なだけなの!?」
「クリス、その話は後にしよう! ほら、お前も縄を解いてやるから......」
「後になんて出来ないよ、詳しく聞かなきゃ! ちょっとダクネス、なんであたしに教えてくれないのさ、女の友情はどこにいったの!?」
いつの間にか立場が逆転している二人を前に、俺が縛られていた部分をさすっていると、
「し、しつこいぞクリス、そんな事はもうどうでもいい! まったく、お前達といいアクアといいめぐみんといい、どうして私が領主代行の時に限って、揃いも揃って問題ばかり起こすのだ!」
ダクネスはそう言ってこめかみを押さえ込む。
「......ん? おい、俺以外にもアクアやめぐみんがやらかしたのか?」
「......めぐみんは警察署内の留置所に拘束されている。なんでも、昨夜意味もなく街中で爆裂魔法を唱えたそうだ。どうしてこんな事をしたんだといくら問い糾しても、『花火大会では結局魔法を放てずムシャクシャしてやった。私の爆裂魔法の方が綺麗だったし反省はしていないが弁償はする』などと意味不明な供述をしていてな。もう祭りが終わるまで預かってもらう事にした」
昨夜、アンダイン邸を襲った衝撃波の正体はもちろんめぐみんの仕業だった。
俺達を見送りながら何度も気にしていためぐみんは、屋敷中に明かりが点いた事で俺達が盗みに入ったのが失敗し、ピンチに陥ったと思い魔法を使ってくれたみたいだ。
その際、爆裂魔法を放ち魔力切れに陥ったため捕まったのか。
悪い事したな、あとで差し入れを持ってってやろう。
「それじゃアクアは? あいつらが何かやらかしたのか?」
ダクネスは俺の問い掛けに、言いにくそうに顔を顰めると。
「アクシズ教団の連中が、今回予想外に祭りを盛り上げ多額の売り上げを叩き出した事を理由に......。来年からは、女神アクア感謝祭の単独開催にしろと要求してきたのだ」
1
「おいアクア! お前、これは一体どういう事だよ!」
街の外れにあるアクシズ教会。
そこで今夜の祭りの下準備をしていると聞いた俺は、教会に駆け込むと、セシリーと共に祝杯を挙げていたアクアに食って掛かった。
「あらカズマ、そんなに慌ててどうしたの?」
ワイングラスを手にしたアクアは、映画に出てくる小動物を愛でる悪役の様に、膝の上に乗せたひよこを撫でていた。
その隣では、まるで主に仕えるメイドの様にセシリーが控えている。
「ははーん、カズマったら宴会の匂いを嗅ぎ付けて交ざりに来たのね? しょうがないわね、カズマはアクシズ教徒じゃないけれど今回の功労者の一人だものね。ほら私の隣に座んなさいな、作りたてのYAKISOBAを分けてあげるわ」
吞気な事を言いながら小皿を差し出してくるアクアに、
「バカッ、そんなもん食ってる場合か! なんなんだよこれは!」
俺はダクネスから預かってきた要望書を突き出した。
「あら、私が出した要望書じゃない。『一つ、来年からは女神アクア感謝祭に名前を変え、エリス教団を関わらせない事。二つ、ところてんスライムの規制緩和......』ねえ、私二つ目は書いた覚えがないんですけど」
「二つ目は私ですアクア様! 私今回頑張ったので、ご褒美が頂けたらなと思いました!」
「なるほど、それならいいわ。で、これがどうかしたの?」
「いいわじゃねーし、どうかしたのでもねえよ! これはどういう事だって聞いてんだ!」
激昂する俺をよそに、アクアは隣にいたセシリーにヒソヒソと相談を持ちかける。
「ねえ、カズマさんたら何を怒ってるのかしら。祝勝会に呼ばなかったから?」
「違いますよアクア様、要望書を作る際に、あの人の要望も入れなかったからですよ」
セシリーの言葉にふんふんと耳を傾けていたアクアが、要望書にサラサラと何かを書いて渡してくる。
『三つ、今後行われる祭りの売り子は常に水着着用の事』
「アホか! 俺が言ってんのはそんな事じゃねえ、お前あれだけ調子に乗らずに真面目に頑張るって言ってたじゃねえか! なんだこんなもんこうしてやるっ!」
「わああああーっ!! ちょっと何すんのよ、せっかくカズマの望みも足してあげたのに!」
要望書を破り捨てた俺にアクアが食って掛かる中、セシリーがゆらりと前に出る。
「ちょっと、アクア様の厚意を無にするだなんてどういう事? 不肖セシリー、アクシズ教団の名においてあなたの家の玄関先に毎晩押しかけ、エンドレスで聖歌を歌うわよ?」
「やれるもんならやってみろ! どいつもこいつもバカにしやがって、お前ら二人とも折檻してやる!」
「な、なによ、だって私達これだけ頑張ったんだから、ちょっとくらい優遇してくれてもいいじゃない! セシリーが言ってたわ、『アクア様はアクア様なのですから、もっとちやほやされながら楽ちんに生きるべきなのです、これからはアクシズ教団の総力を挙げてアクア様を甘やかしますので』って!」
「昨日今日会ったばかりのヤツにコロッと影響されてんじゃねえ! ほら、とっとと帰るぞ! もうこの変なのとは付き合うな! あんたもあんただ、これ以上アクアをダメ人間にするのは止めろ!」
「この変なの!?」
連れ帰ろうとする俺の手をスルリとすり抜け、アクアは軽くショックを受けているセシリーの背中に隠れた。
「この祭りの期間中は帰らないわ。ええ、私は帰らない! ......賢い私は学習したわ。ここにいると、皆が崇めてくれるって! それにね、カズマ。こうして祭りが大盛況を極めちゃった以上、来年以降もどのみち女神アクア感謝祭をしないわけにはいかなくなるわ。外に出て見てきなさいなエリス教団のお祭りを! 日に日にウチのブースに人が流れ、今やエリス教団のほとんどの店には閑古鳥が鳴いているわ!」
ああ、今回は珍しく良い話で終わりそうだと思ってたのに、コイツはこういうヤツだった。
ここ最近の変わり様を見ておかしな物でも食べたのかと思っていたが、根っこのところは変わらなかったらしい。
成長したと思っていた俺の感動を返せとも思ったが、やっぱりいつも通りでちょっとだけ安心した自分が嫌だ。
それを聞いたセシリーが自慢気に後を続ける。
「アクア様のおっしゃる通りよ。そして我々主催の出店の評判がここまで上がった以上、今更エリス教団が盛り返すのは無理というもの。それに......商才があるのはあなただけだと思わない事ね? そう、アクア様にはまだとっておきの秘策があるのよ!」
アクアの秘策だとか、もう絶対何かあるとしか思えないのだが。
2
アクシズ教会を後にした俺は、どうしたらあいつらを痛い目に遭わせられるだろうかと悩みながら、ブラブラと街中をさまよっていた。
アクア達が調子に乗っているのは、自分達の力で祭りが盛り上がっているからだ。
なら、俺がエリス教団に肩入れし、新しい出店のアイディアでも提供するか?
......いや、これ以上のネタは思い浮かばないし、それに今からやっても一つか二つほど出店を増やすのが精一杯だ。
しょうがない、取りあえずエリス教団に顔を出してみようか。
──と、エリス教会に着いた俺が見たのは......。
「やあ助手君、どうだった?」
そこには、箒を手に教会の前を掃除しているクリスがいた。
どうだった、という事は、アクシズ教団がバカな事を言い出し、俺が怒鳴り込みに行った事についても知っている様だ。
「どうにもこうにも。もう連中とは会話ができませんでしたよ。......アレは痛い目をみないと学習しないパターンだ。......どうする? こんな事になったのも、元はといえばアクア達の祭りの許可を取ってきた俺の責任だ。これ以上バカに拍車が掛かって手遅れになる前に、ちょっと締めてやろうと思ってるんだが」
半ば以上本気の俺に、だがクリスは首を振る。
「先輩がお祭りを盛り上げて感謝されてたのも事実だからねえ。それに比べてあたしときたら、アイギスの回収も出来ないままだし、あんなに目立つ鎧のはずなのに未だ居場所すら摑めてないよ。来年以降のあたしのお祭り、取り止めになっても仕方ないかな。ちょっと寂しいけど、まあ先輩なら来年以降も盛り上げてくれるだろうし!」
そんな事を言いながら、クリスはあははと笑い空元気を見せた。
笑ってはいるものの、どことなく寂しさを感じさせるその笑顔が見ていて辛い。
詰めが甘いせいでピンチに陥りやすいお頭であり、皆に愛され何でもこなせる完璧な女神。
俺の理想のタイプの女性であり、めぐみんやダクネスとの微妙な恋愛話を始め、日本の事でも何でも話せる大事な友人。
そして、地球から一緒にやって来たアクア以上に、俺と秘密を共有している人。
普段女神として仕事をしている時は、ずっと一人であの白い部屋で。
義賊として仕事をしている時もやっぱり一人で。
俺の大事な友人で、ちょっと頼りないお頭は。
俺の憧れの女性で、努力家な女神様は。
「助手君には、いつも迷惑を掛けてるね。神器探しを手伝ってもらったり、今回だって、先輩の暴走を止めようとしてくれたり」
寂しさを紛らわす様に箒を動かしながら、
「ありがとうね、助手君。キミだけがあたしの正体を知ってるし、あたしが色々やってる事も知っててくれる。別に、陰で魔王軍に対抗している事を誰かに褒めて欲しいわけじゃないんだけど......。でも、キミのおかげでちょっとだけ報われるよ」
そう言って、女神エリスの表情で柔らかな笑みを浮かべた。
............。
「お頭......、いえ、エリス様。エリス教団の人達に、協力して欲しい事があるんですが」
俺は不思議そうな表情を浮かべるクリスに向けて。
商店街の連中の前で、何度も使ったセリフを言った。
「俺に考えがあります」
3
──今日は祭りの最終日。
炎天下にも拘わらず、そこは多くの人で溢れていた。
『本日お集まりの皆様方。わたくし、この度の司会に選ばれた事を誠に嬉しく、そして光栄に思います......』
アクセルの街の大広場。
街の中心に位置するそこに設けられたステージ上で、タキシードを着た男がマイクの様な魔道具に向け。
『エリス教団主催による今回の祭りのメインイベント! 第一回! ミス女神エリスコンテストを、ここに開催いたします!』
司会が放った叫びと共に、ステージの前に集まった見物客から盛大な歓声が湧いた。
全てを解決する俺の秘策。
それはエリス教団主催で、ミスコンやっちまえというものだ。
「ねえ助手君。あたし、もう何て言ったらいいのか分からないよ」
「もうお頭も祭りを楽しめばいいんじゃないですかね」
呆れるクリスに軽く返す。
これをやれば盛り上がる事は分かっていた。
分かってはいたのだが、まず真面目なエリス教徒達がエリスをダシにしたミスコンなんてやりたがらないだろうなと断念していたのだ。
だが、今は違う。
このままエリス教徒達が不甲斐ないままでは、自分たちが崇める女神の祭りが行われなくなってしまうのだ。
その辺をダクネスを始めとしたエリス教徒達にこんこんと説いたら、最終的には何とか納得してくれた。
「まさかダクネスが、あんなにごねるとは思わなかったね」
「それだけエリス様が大切だって事なんだろう」
エリス様をダシにしたミスコンだなんて、エリス様に対する冒瀆だと喚くダクネスと散々揉めた後、エリス教団の権威回復のためでもあり神器回収のためだ、エリス様がこんな事くらいで目くじら立てるわけがないだろと、どうにか承諾させたのだった。
クリスは照れた様にモジモジしながら頰を搔き。
「あたしは別に、名前使われるくらい構わないんだけどねえ......」
「それをダクネスに言ってやってくれよ。あいつ、今朝だって散々行きたくないって駄々捏ねてたんだぜ」
ステージを含め会場全体を見渡す事の出来る最後方に俺とクリスは待機していた。
俺達がなぜこんな所にいるのかといえば、アイギスが現れた際に捕獲するためだ。
エリス教団を救うためだけにこんな事を始めたのではない。
このミスコン自体を餌にするのだ。
街を彷徨い歩き、今にも旅に出かねない貴重な神器。
それを回収するためには、アイギスが認めるくらいの美女を集めるのが手っ取り早い。
そして、その餌としてダクネスにも参加を要請したのだが......。
「......ねえ、ダクネスがミスコンの開催を嫌がってた一番の理由って、ひょっとしてコンテストの許可じゃなくて、その......」
クリスが何かを言ってくるが、俺はそれどころじゃなかった。
この日のために魔道カメラをレンタルし、望遠レンズまで用意したのだ。
何のためかと言われれば、それは言うまでもない事だろう。
俺はステージの上へとカメラを向ける。
そこでは、この街でも特に自らの美に自信のある女性達がとびきりの笑顔を見せていた。
『それではまず、最初の方となりますが......。お名前と年齢、そしてご職業の方をお願いします!』
4
エリス教団やクリス、ダクネスまでも巻き込んで盛大なイベントを開いたわけだが、果たしてこんな分かりやすい罠にアイギスは引っ掛かってくれるだろうか。
一応これで、一気に解決出来るはずなのだが......。
......クソ、不安になるな、大丈夫だうまくいく。
何だかんだでアイツの考えや行動は読みやすい。
あまり認めたくないが、アイツはどことなく俺と似ているからだ。
俺は辺りを警戒しながらも、ステージ上に次々と現れる美女達をチラ見していた。
「ううむ......。個人的な好みで言わせてもらえば、ちょっとスレンダーすぎるかな。顔は好きなんだけどなあ、顔は」
クリスは、今日は長丁場になりそうだからと、冷たい飲み物を買いに行った。
あくまでチラ見の範囲である。
それにあんなに目立つ鎧が現れれば一発で気が付くはずだ。
俺はスレンダーな美女を見ながら一人感想をこぼしていた。
《そうか? ありゃあキツめの性格してるぜ? だがスタイルはいいな、着瘦せするタイプと見たね》
「確かに性格はキツそうだけど、スレンダー系ならキツめの性格の方が良いんだよ。しかし着瘦せするタイプねえ......。審査に水着も入れとけば良かったな」
《おまっ、なんでそんな大事なもんを審査に入れないんだよ、バッカじゃねえの!?》
............。
「確保ーっ!」
《うおっ!? なんだなんだ、何しやがる! 大事なとこなんだ邪魔すんじゃねえよ!》
大事なとこなのは同意だが、こいつを捕まえるのが本来の目的の一つなのだ。
俺はノコノコと現れたアイギスに、用意していた投網を投げつけた。
油断していたアイギスは、実にあっさりと網を掛けられる。
「まんまと引っ掛かったなこのアホめ、これはお前を誘き寄せるための作戦なんだよ!」
《な、なんだってー!? お前なかなかやるじゃねえか、コソ泥かと思ったが見直したぜ!》
俺とクリスはこんなのにあそこまで手こずっていたのか。
今までの苦労を返して欲しい。
「ていうかお前、来るのが早過ぎるだろ! 何で開始早々たったの五分で捕まるんだよ! 長丁場になると予想して、買い出しに行ったクリスに謝れ!」
《あっ、ちょっと静かにしてくれませんかね、あの子のプロフィールが聞けないもんで。ほら司会者が、何食ったらそんなに胸が大きくなるんですかって聞いてるんだよ》
「......しょうがない、あの子のプロフィールが終わったら再開な。体勢は俺が有利なこのままだぞ」
《分かってるよ、あの子が舞台裏に引っ込んだら再開だ》
一時休戦した俺は、出来るだけアイギスから目を離さぬ様にしてその時を待つ。
俺達の周りにいた客達もそんな騒ぎを気にも留めず、ステージ上を注視していた。
そんな中、やがてその子のプロフィール紹介が終わると、出場者はステージから下がっていった。
「よし、それじゃあ続きだ! てめえのおかげでこっちは散々な目に遭ったんだ、大人しくしてもらおうか!」
《ハッ、やれるもんならやってみやがれ! 伊達に聖鎧アイギスさんと呼ばれた俺じゃねーぜ、その昔、数多のモンスターをご主人様と共に千切っては投げ投げては千切り》
戦いを再開した俺達は、互いに言い合いながら主導権を握ろうと、
『はい、ありがとうございました、ソニアちゃんでした! いやー、また素晴らしいバストの持ち主でしたね! しかし、この次もご期待ください! この大会で一、二を争うナイスバストの持ち主です!! さあ、張り切ってどうぞー!!』
司会の言葉に観客席がドッと沸く。
俺とアイギスはお互いに網を引っ張りあったまま、自然とステージの上に目がいった。
次に現れたその子は、また凄かった。
どのくらい凄いかと言えば、ウィズやダクネスに匹敵するくらいで......!
《......なあ、再開はあの子の次でもいいかな?》
「......しょうがないな、次こそは勝負再開だからな」
《すまねえな。ていうか写真撮らなくてもいいのか? 心配しなくても逃げたりしねえよ》
「............そうだな、これだけ人がいるんだし、全身鎧のお前が逃げたって、その辺の人に聞けば簡単に捕まえられそうだしな。いつまでもこの体勢ってのもちょっと辛いし」
俺は投網から手を離し、再びカメラをステージへ、
《おいっ! 見ろよあれ、反則だろあんなの! どうして水着審査を必須にしなかったんだよ!》
「仕方ねえだろ、こっちにも事情があるんだよ色々と! 水着になるなら絶対出ないって、俺の仲間が譲らなかったんだ! ああくそ、でもちょっとだけ後悔してる、もうちょっと粘れば良かったかな......!」
俺とアイギスは背伸びをしながら、観客席最後尾から観察を続けた──
《──おいおいおーい! 大丈夫なのかそんな無防備な格好で! まあ夏だから水着になっても問題ないけどな!》
「あれは売り子のお姉ちゃんだな。俺の発案で、出店の売り子は水着にすべしと言ったんだ。ほら、熱中症対策とか色々あるし。あと、打ち水とかしても水着なら平気だしな」
《お前賢いな。熱中症対策ならしょうがないよ、だって危ないしな。おっと、次の子はありゃイマイチだ。服が可愛いだけだ、服のデザインと化粧でごまかしてるぞ》
「メイクはナチュラルメイクが基本だよ、あんなのは邪道だ。俺が審査員を兼任してたら厚化粧は減点対象だ」
俺は文句を言いながらもシャッターを何度も切る。
『続きましてはこの御方! 皆さんご存じ不憫が似合う薄幸店主! 最近お店が儲かったかと思ったら気のせいだった! 参加理由は、何とか賞金を得て今月の家賃を払うため! ウィズ魔道具店の店主さんです!』
「やったあああああ! ウィズだ、ウィズが来た! ええなあ、やっぱウィズはエプロン姿が一番似合うなあ!」
《おい、レベル高えな抱き締めてえ! 抱き心地良さそうなあの姉ちゃんを抱き締めてえよ! もしくは中に入ってもらいたい! でも魔法使い系にしか見えないな、残念ながら職業の不一致かあ。ちっくしょう、あの姉ちゃん前衛職にジョブチェンジしねえかなあ!!》
俺とアイギスは、予想もしなかったウィズの登場にテンションが上がりに上がりまくる。
おかげで観客達のボルテージも急上昇だ、これは次の参加者が気後れしそうなものなのだが......。
『さあ続いては......。おっとサキュバスのコスプレをした参加者達だ! 女神エリスコンテストと銘打っているのに、なかなかの度胸をお持ちの......お嬢さん......方......』
テンションが高かった司会者が、徐々に静かになっていき、やがてぷつりと押し黙る。
それもそのはず。
《ひょおおおおおおおおーっ! ちょっと、ねえなに? あれ何なの、レベル高いのが三人もいる! 右のお姉さんと左のロリっぽい子も捨てがたいけど、ど真ん中の美女は何なわけ!? 俺あんなの見た事ねえ! 悪魔! 悪魔っ子! 小悪魔通り越して悪魔っ子だよアレは!》
アイギスがぶっ壊れたのかと思うくらいに騒ぎ立て、観客達はただただ押し黙った。
登場したのは三人のサキュバスだった。
というか左右の二人は見た事がある。
俺がいつもお世話になってる、例の店の店員さんだ。
しかし、真ん中に佇むとてつもない美女だけは常連な俺でも見た事がなかった。
次にサービスを依頼する時はあの人を夢に出して貰おう。
固まったままの司会から、真ん中にいたサキュバスのコスプレ美女がマイクを受け取り。
『さあ皆様、今までの参加者ではさぞかし退屈だった事でしょう......。不肖このわたくしが、今からこの薄衣を脱ぎ捨てて、めくるめく官能の世界にお連れしましょう......!』
真ん中にいたそのお姉さんは、聞いているだけでゾクゾクしてくる魅惑的な声を発すると、そのまま服に手を掛けた。
ただでさえ扇情的なサキュバスのコスプレ衣装に、会場中の視線がただ真っ直ぐに集められ。
観客はもはや声も出せず、一抹の淡い期待を寄せながら、固唾を吞んで見守っていた。
まさかこのお姉さん、これだけの大衆の前で脱ぐ気なのか!?
本気か!?
エロモンスターが祭りの熱気に当てられて、本来の姿を取り戻したのか!?
《ちょ、ちょっとカメラ! カメラの用意を! ねえ、しっかりしなさいよ!》
「ああっ、悪い! 危ねえ、俺とした事が......! しかしさすがは本家サキュバス、サービス精神凄いですね!」
俺が至高の一枚を捉えるべくカメラを構える中、とうとうその美女は着ていた物を脱ぎ捨てた......!
『華麗に脱皮! フハハハハハハ、通りすがりのサキュバスクイーンだとでも思ったか? 残念、ウィズ魔道具店のバイトでした! おお、会場中の特上の悪感情、美味である美味である!! ウィズ魔道具店では現在相談屋も行っております! お困りの際にはよろしくどうぞ!』
............。
『物を投げないでください! お客様に申し上げます、気持ちは分かりますが物を投げないでくださいっ!』
バニルと共にサキュバス二人が去って行き、後に残された司会者にゴミが投げつけられていた。
もちろん俺とアイギスも投げつけている。
やがて会場の混乱が収まると、気を取り直した司会者がステージの袖を大仰に指し示し。
『さ、さあ、続きましては本日の優勝候補の一人です。この街に住む皆さんなら、既に知らない方はいないでしょう! ある時は冒険者、またある時は我慢大会連続優勝者。そして今。女神エリスコンテスト出場者として参加されるのは、大貴族ダスティネス家の御令嬢、ダスティネス・フォード・ララティーナ様です!』
おっ、きたきた!
ミスコンの最初からホイホイやって来たのでもう今更ではあるのだが、アイギスを釣る餌として、見てくれだけは良いダクネスに出場を頼んでおいたのだ。
本当はめぐみんにも頼みたかったのだが、残念な事にあいつは未だ留置場にいる。
《ファーッ! いいじゃんいいじゃん凄くいいじゃん! 綺麗な顔したエロバディ、しかも貴族令嬢ってか!? ポイント高えなおい!》
ダクネスが現れると共に、アイギスのテンションが跳ね上がる。
今日のダクネスはコンテストを意識してか、避暑地に出掛ける貴族の令嬢然とした格好だった。
たまに自分の屋敷で着る純白のドレス姿はそのままに、今日は薄い化粧をし、三つ編みを肩から垂らしたダクネスは、幅広の白い帽子を被っている。
多くの観客に注目され、赤くなった顔を恥ずかしそうに帽子で隠し、そっと俯いていた。
「そうだろうそうだろう、あれ、俺の仲間なんだぜ。お前を釣るには大きな餌が必要だからって、この大会に出てくれる様頼み込んだんだ」
《マジで!? いいなあ、あれいいなあ! なあ、俺のご主人様はあの子がいい! あのエロバディには絶対傷なんて付けさせないから!》
簡単に捕まえられたどころか、説得まで出来てしまった。
「でもあいつ、クルセイダーだぞ? 前衛で敵の攻撃を食らうのが仕事なんだ、お前攻撃されれば鎧だって痛いんだよとか言ってなかったか? それに服着てるから分からないかもしれないが、あいつ腹筋割れてんだぜ」
《割れてるのか。いやしかし、それもなかなか......。でもクルセイダー......。くそ、よりにもよってクルセイダーかよ......。でもなあ、外見は好みなんだよなあ、あれ以上のがそうそう出てくるかなあ......》
葛藤するアイギスの言葉に、俺も内心では同意する。
確かに外見だけは好みなんだよ、スタイルとか顔とか。
あれで性格が伴えばいいのに、意外と面倒臭いタイプなのがなあ。
ああ、勿体ない......。
「もうちょっと様子を見よう、他にも参加者がいる事だし」
《そうだな、コンテストが終わるまでに決めるのは早計だよな。おっ、紹介が始まるぞ!》
相手が貴族だからなのか、司会は今までにないテンションで声を張り上げる。
『では、あらためまして! もう知ってはいるのですが、お名前と年齢、ご職業の方をお願いします!』
『......ダスティネス・フォード・ララティーナ......。歳は18、仕事は領主代行を......』
緊張しているせいか、ダクネスの声はマイク越しでもボソボソとしか聞こえない。
遠目に見ても堅い表情が見て取れる。
とその時、観客席にいた冒険者の一人が叫んだ。
「ララティーナー! もっと大きな声じゃないと聞こえなーい!」
それに釣られたかの様に、
「お嬢様、今日はまたお綺麗な格好ですね!」
「いつもの鎧はどうしたんだよ、でもその格好も可愛らしいぞララティーナ!」
そんな野次があちこちからどんどん続く。
俺だけではなく、今やダクネスもこの街の冒険者として既に結構な顔だ。
ダクネスと顔見知りの酔っ払い冒険者達が、ここぞとばかりに冷やかしていた。
顔を真っ赤に染め上げて泣きそうな表情のダクネスに、俺も何だか嗜虐心が煽られる。
「いいぞララティーナー! そこだ、自慢の腹筋を見せ付けろ!」
《あの子、お前の仲間じゃなかったのか?》
「ばっか、仲間だからこそこうして応援してるんだろ? 見ろ、あの顔真っ赤にして涙目で観客を睨み付けるダクネスを。あんなそそる顔はなかなかないだろ? こりゃ優勝間違いなしだな」
《なるほど、お前良い事するなあ。よし、俺も協力してやろう! いいぞ姉ちゃん、もっとサービスしろー!》
俺に続いてアイギスが煽り、それを受けた他の冒険者達も野次を飛ばす。
「そうだそうだ、サービスしろー!」
「水着は着ないのか水着は!」
「領主様、スカートのすそを持ち上げてみようか!」
どんどんエスカレートする観客の声。
あの普段役立たずなダクネスが、今やアイドルのごとく脚光を浴びている。
俺はそれが嬉しくて、更に大声を張り上げた。
「もういっその事脱げー!」
その言葉を聞いたダクネスが、ギョッとした表情で真っ直ぐに俺を見る。
あっ、しまった見つかった。
「そうだ、脱げー!」
「ダクネス、脱げー!」
「脱ーげ! 脱ーげ!!」
《脱ーげ! 脱ーげ!!》
その時、会場の心は一つになり、皆が綺麗に声を揃えて脱げコールを......!
「キミは一体何してんのさ」
飲み物を持ったクリスの冷たい声で、俺とアイギスは頭が冷えた。
5
「──まったく、何をやってるかなキミ達は。あたしの友達をいじめないでよね」
「いや違うんだ、ダクネスが注目されて歓声を浴びる姿を見て、こう、トップアイドルに押し上げてやりたくなったというか......」
「脱げコールをされるトップアイドルってどういう事さ。......アイギスも、こんなになっちゃって......。キミって一応、最上級の神器なのに......」
観客の最後尾から、更に少し離れた場所。
情けなさそうに涙ぐむクリスの前で、俺とアイギスはぺこぺこしていた。
俺は深々とため息を吐くクリスに向けて。
「でもまあ、当初の予定通りにこいつは捕まえた事だしさ。何だかんだでエリス教団主催のイベントもこうして盛り上がった事は確かだし、良かったんじゃないか?」
「ちっとも良くないよ! ていうかどうすんのさこの有様は!」
観客席では現在、悲鳴と罵声が飛び交っている。
脱げコールにとうとうキレたダクネスが、客席に飛び込み冒険者達へ襲い掛かったのだ。
冒険者達は必死に抵抗しているが、素手同士の喧嘩となるとダクネスに軍配が上がる。
......あいつ、モンスター相手の戦いでも素手で殴り掛かった方がいいんじゃないかな。
《こりゃあ楽しくなってきたな、あの姉ちゃん強いじゃねーか! 美女と喧嘩は祭りの華だ、俺も何だか血湧き肉躍ってきたぜ! 燃え上がれパッション! 光り輝けマイボディ! よし、俺も喧嘩に混ざってくる!》
「これ以上ややこしい展開にしないで! ああもうアイギス、お願いだからキミだけでも大人しくしててよ......。そしたら無事魔王を倒した暁には、女神権限で魔王を倒した勇者だけじゃなく、キミの願いも叶えてあげるから......」
乱闘騒ぎに触発されて興奮しだしたアイギスに、クリスが額を押さえて息を吐く。
そんなクリスに、アイギスは肩をすくめるポーズを取った。
《まーだ女神がどうとか言ってんのかこの子は。あのなあ嬢ちゃん、俺は女神ってヤツを知ってる。会った事があるんだ。というのも、俺をとある女性に与えて送り出したのも女神だからな。そんな俺が教えてやるよ、女神なんてロクなもんじゃねーから》
「なにおおおお!?」
確かにロクなもんじゃない。
俺の頭の中には、コイツを送り出したであろう、今も教団の連中とロクな事をしていない女神の姿が思い描かれた。
「このっ! このっ!! もう頭にきた! キミに見合った所有者が見つかるまでは、湖の底で封印だからね! 幸い他の神器も沈めてあるから、そこで仲良くしたら良いさ!」
《そんなパンチじゃ傷も付かねえマイボディ! 何せ俺って神器ですから! アハー、頑張れ頑張れお嬢ちゃん!》
「きーっ!」
俺は痛そうにしながらもアイギスを殴り続けるクリスをよそに、辺りを見回す。
俺達の周囲では未だ暴れるダクネスを観客達が遠巻きに眺め、面白そうに見物していた。
俺が予想していたのとは違い何だか完全に見世物扱いだが、これはこれで盛り上がってはいるのだろう。
だが、このイベントの本来の目的は?
アイギスを誘き寄せるというのは俺達の目的だ。
だが、今回の祭りでちっとも良いところのないエリス教団の権威回復という、もう一つの目的は......。
──と、俺達は期せずして、その目的は未だ達成されていない事を知る。
「いやー、笑った笑った。まあ、美人コンテストみたいな事をやったって、この街の有名どころの美女は色物しかいないんだから、こうなりそうなもんだよな。堅物のエリス教徒の主催にしては、まあまあ楽しめたんじゃないか?」
それは俺達の前にいた客の声。
「まあそれなりにはな。でも、来年からはアクシズ教団主催の祭りだけでいいかな、俺は。アクシズ教徒の連中は、バカだけどこういった祭りの際には盛り上げてくれるからな」
「違いない、バカだけどあいつらいつも楽しげだよな! バカだけど!」
それに続き、あちこちからそんな声がちらほら聞こえ、もうこの街の主要な美女を目に収めたからか、帰ろうとする客も現れ出した。
アイギスを叩いていたクリスが動きを止める。
「エリス教団は確かにいつも頑張ってくれてるけど、年に一度のお祭りくらいは、やっぱ派手な方がいいよな」
「まったくだ。何でも、来年以降はアクア祭にするかどうかで揉めてるみたいだぜ? 署名活動までやってるってよ」
「へえ。どうせあの連中は、アクシズ教徒のブースで今日もバカな事やってんだろ。こっちのイベントも終わったみたいだし、ちょっと覗いていくか」
......そして。
「あ、あはは、ウチの子達も皆頑張ってくれたみたいだけど、しょうがないよね。でも、本当に来年からはお祭りなくなっちゃいそうな雰囲気だね」
クリスは、俺に心配させまいとしてか、どこか寂しそうながらも笑顔を見せて。
「まああたしには、元々お祭りを楽しむ余裕なんてないからね。こうしてる間にも、モンスターに苦しめられる人がいるわけだから。......だから、一つでも多くの神器を集めなきゃ」
そう言って、今までその地味な活躍を誰にも知られる事なくひっそりと行ってきたクリスは、気にしてない風を装いはにかんだ。
そして改めてアイギスに向き直り。
「ねえ、アイギスお願い。あたしの言う事聞いてくれない?」
《えー......。ちょっとだけ心動かされちゃったけど、そんな寂しそうな顔しても流されたりしないんだからねっ!》
............。
「なあアイギス。お前にとびっきりの美少女を紹介したら、クリスの言う事に従うか?」
俺の問い掛けに。
《はあ? とびっきりの美少女って......。おい、読めたぞ? アレだろ、さっきの仮面のおっさんだろ! あいつに美少女に化けてもらって、『はい、確かに美少女を紹介しましたー』ってやる気だろ! このアイギスさんがそんなしょうもない作戦に》
「お頭。いや、今だけはエリス様と呼ばせてもらいます。ちょっと......、いえ、もの凄く大変な頼みがあるんですが」
何かを言い募るアイギスを遮ると、俺はクリスを真っ直ぐ見つめて頭を下げる。
頭を下げてきた俺に、クリスは軽く狼狽えるが。
《はあー? おい、そのお嬢ちゃんはクリスじゃなかったのか? 一体何だよエリス様って。お前まで頭がどうにか......ははーん、熱中症だな? 熱で頭をやられたな? お前、自分で熱中症対策は大切だからねって言っといて、そりゃないだろうに。待ってろ、お前の作戦で良いもん見させてもらったお礼だ。ちょっとお医者を──》
「いいよ、助手君。......いえ、お聞きしましょうカズマさん。私に出来る事があるのなら、遠慮なく言ってください」
そう言って、クリスはしっかりと俺を見つめてきた。
《ヘイヘーイ! さすがにそう何度も無視されると、俺だって機嫌を損ねんぞ? なあおい、一体何企んでるんだよ?》
無視された事で不機嫌そうな金属音を響かせながら、文句を垂れるアイギスに。
「おいアイギス。お前に本物ってヤツを拝ませてやる」
6
暴れ回るダクネスがようやく係員に取り押さえられ、別室に連れられ宥められている、そんな中。
未だ若干のざわめきがあるものの、ようやく進行が可能な程度には静かになった会場で、ステージ上の司会者が改めてマイクを手に取った。
『さて。会場の混乱も収まった事ですし、参加者も残ってはおりません。ではこれより、女神エリスコンテストの優勝者を──』
と、司会者がそこまで言った時。
──ざわめいていた会場が、一瞬で静まり返った。
大声で話をしていた冒険者。
帰り支度をしていた商売人。
その場にいた全ての人々が。
そう、老若男女を問わず全ての者が、ただステージ上の一点のみを見つめている。
ステージの中央には、いつの間にそこに立っていたのか、優しげな笑みを浮かべる少女が一人。
『......えっ。......へっ? あ、あの......』
あらゆる者が呆然と少女を見つめる中、司会者だけが絞り出す様な掠れた声で。
『............あの。飛び入りの参加者......という事で......よろしいので......しょう......か?』
ステージに佇んだまま、未だ静かに微笑むその少女。
──そう。
顔も服装も何もかもが、この世界の人間なら誰もが知る、女神エリスの絵姿に完璧なまでに瓜二つの美少女へ問い掛けた。
『はい。飛び入りという形になってしまい、申しわけありません』
エリスがそう言って両手を組み、スッと頭を下げるだけで司会者は目に見えて狼狽えた。
『いいいいいいえええ! とんでも! とんっでもございませんっ! ここ、この度は、女神エリス様コンテストに御参加頂き、ありがとうございますっ!』
さり気なく、女神エリス〝様〟コンテストと言ってしまっている事から、司会者も目の前に立つ少女が誰か、何となく気が付いているのだろう。
だが誰もがまだ、まさかという思いを拭い切れてはいない感じだ。
水を打った様に静まり返っていた会場が、止まっていた時が動き出した様に、ただしあまり大きくなりすぎない程度にざわめきだす。
俺の隣のアイギスは、微動だにすらせず声を発する事もしない。
やがてステージ上の司会者は、気を取り直した様に、そして、どことなくぎこちない動きでエリスにマイクを向けた。
『そそ、それでは......。これは、参加者全員にお尋ねしている事なので、どうかお許し頂きたいのですが......。その、出来ればお名前なんか伺っても......』
おそるおそると、そして、どことなく期待も込めて。
司会者が尋ねたそれに、エリスは見ている者全てが思わず感嘆のため息を吐く様な、そんな笑みを浮かべて言った。
『名はエリスと申します』
その瞬間、会場に歓声が轟いた。
熱狂的な叫びを上げて、ひたすらエリス様と連呼する者。
恍惚とした表情で、呆然とエリスを見上げる者。
手を合わせて深く祈りを捧げる者。
俺達の傍にいたエリス教徒と思しき人に至っては、嗚咽し、跪いて涙を溢れさせている。
「こ、これが本物の女神パワーかあ。予想してた以上の反応だな、おい」
あまりの反響に若干引きながら、俺は隣で固まったまま動かないアイギスに話し掛けた。
と、ピクリとも動かなかったアイギスは、やがて小刻みに震えだし。
《見つけた......》
小さくぽつりと呟いた。
《見つけた。見つけたああああああ! 俺、見つけたよ! 見つけちゃったよご主人様を! なんなん!? ねえ、あれなんなん!? どうしてあんな美少女がこの世に存在すんの!? 分かんない! 俺分かんないよー!!》
「お、おい落ち着け! 本来鎧にそんなもんがある事自体がおかしいけれど、お前、キャラが崩壊してんぞ!」
パニックに陥ったアイギスを宥めていると、ステージではなおも司会者の問いが続いていた。
『はわわわわわわ、あり、ありがとうございます! お答え頂き、ありがとうございますっ! あの、実はあと二つほど質問があるのですが......』
顔を上気させながらも、おずおずと申しわけなさそうに尋ねる司会者。
あと二つの質問とは、年齢と職業の事だろう。
エリスはくすりと小さく笑うと、
『その二つは秘密です』
そう言って、イタズラを仕掛けるみたいな表情で片目を瞑り、人差し指をピッと立てた。
再び轟く歓声に、会場の空気自体が震えさせられる。
そしてもう一人、いや、もう一体。
ここにもおかしな動きをしながら震えている、自称神器が叫びを上げた。
《ダッ、ダメだダメだあ! エリス様、それ以上のサービスは必要ない! このアイギス、そんな小悪魔ポーズは許しませんぞ!》
「ダメなのはお前の方だよ、さっきからほんと誰だよお前は! うるせえからちょっと黙ってろ、そしたらあとで紹介してやるから!」
俺が放ったその言葉に、アイギスがブルリと大きく震え、
《マジでえ!? 本当に? お前......いや、あなた様は俺に、あの方を紹介してくれるって言ってんの!?》
「そうだよ、さっき言ったろ? お前にとびきりの美少女を紹介したら、クリスの言う事に従うかって。ちなみに、あそこにいるのは女神エリスであってクリスだよ。お前は本人が何度も女神だって言ってんのに、ちっとも信じなかったけど」
《ファック! なんてこった、どど、どうしよう、俺エリス様になんて謝ればいい!? なあ、一時間だけ俺の中に入れてやるから一緒に謝ってくれよ!》
正直言ってアイギスの中になんて入りたくもないが、まあこの分なら素直にエリスの言う事も聞いてくれるだろう。
ステージの上から俺達がいる場所を真っ直ぐ見つめ、くすくすと小さく笑うエリスを見ながら。
「女神エリス様が降臨なされたあああああああ!」
誰かの喜びの叫びを聞きながら、俺はエリスに苦笑を返した。
「──エリス様、どうか俺と握手してください! ここんとこ本当についてないんですよ、どうか幸運の女神様の御加護を!」
それは誰が発した言葉なのだろう。
よほど切実な願いだったからなのか、騒音と熱狂に包まれていたにも拘わらず、会場中にやけに響いた。
その言葉が原因なのか、会場内がシンと静まり返る。
......あれっ、なんかヤバくないかこれ。
「俺も! エリス様、俺も握手を!」
「バカッ、俺が先だ!」
「エリス様、家には俺の帰りを待っている腹を空かした猫がいるんです、どうか帰りの宝くじで一等が当たりますよう......!」
熱に浮かされた様な表情で、ステージに登ろうとする観客達。
『皆さん、落ち着いてください! ステージには上がらないでください!』
それらの群衆を司会者が必死で止めるも、誰一人として聞き入れようとはしなかった。
ステージの上のエリスは戸惑いの表情ながらも、自分に向けて伸ばされる手を律儀に握り返している。
どうしてそんなに流されやすいんですかエリス様、そこはちゃんと拒否してもいいんですよ。
「おい、エリス様をお守りするぞ!」
「あ、ああ、このままじゃマズい! 見ろ、調子に乗ってエリス様の手を握ったまま離さないバカまでいる!」
俺達の傍にいたエリス教徒がそんな事を叫んで駆けていく。
確かにこの状況はマズい、何だかアイドルの握手会みたいになってきてるが客の熱気が異常だ、そろそろ不埒者が現れてもおかしくない。
「おいアイギス、協力しろ! あのままだとエリス様がもみくちゃにされる! エリス様に謝りたいって言うのなら、その体で守れ!」
《おおおお、何その鎧冥利に尽きる展開は! 守るよ、俺超守る! エリス様の玉のお肌と純血は、この聖鎧アイギスが死守するよ!》
「い、いや、純血ってお前......。まあ男女の恋愛話には疎いみたいだったから、多分そうなんだろうけど......」
《エリス様は女神なんだから処女に決まってるだろ! きっとエリス様は、野郎の裸体なんか見ちゃった日には、キャッとか言って顔を覆っちゃう人なんだぜ。でもちょっとだけ興味があるから、顔を覆った指の間からチラ見しちゃったりする人なんだ。心優しくてあったかくて、そしてもちろん良い匂いがするんだよ》
コイツどんだけ惚れ込んじゃったんだ。
「おい、急ぐぞ! ステージに駆け上がったらお前はエリス様を自分の中に匿え! そんで群衆の中を突破する!」
《やったー! こんなに早くエリス様と一つになれるだなんて思わなかった! エ、エリス様が俺の中に......ハアハア......》
「おい、お前が一番危なそうなんだけど大丈夫なんだろうな!? そんな事より目の前の群衆をどうにかしろよ、お前は全身凶器なんだろ!?」
俺の言葉に応える様に、アイギスは混乱する群衆の中に突っ込んでいく。
《おうよ、真なるご主人様を見つけた今の俺は、会場中の誰よりもホットだ! ほらどいたどいた、俺に触ると火傷するぜ!》
「あづあああああああ! 何だコイツ、このクソ暑い中全身鎧なんか着込みやがってバカじゃねえのか!?」
「おい押すな、お前の鎧の鉄板が熱されててちょっ、やめっ......あじゃあああああ!」
「誰かコイツに水掛けろ、水!」
ああそうか。コイツ、この炎天下に長時間立っていたから鎧が熱されてんのか。
熱されたアイギスから逃げ惑う群衆の間を抜けて、俺は全力でステージに駆け上がる。
「カ、カズマさん! ど、どうしましょうかこの騒ぎは......」
未だ律儀に観客と握手を交わしていたエリスは、オロオロしながら言ってくる。
「アイギスがもうすぐこっちに来ますから、中に入って人気のない所まで逃げてください! ......オラッ、いつまでもエリス様の手を握ってんじゃねーぞ、そんなに握手がしたいのなら俺が代わりに握ってやる!」
「ああっ、止めろ! もう一生手を洗わないつもりだったのに!」
エリスの手を握っていた観客の一人と無理やり握手を交わして泣かせていると、アイギスが人混みを搔き分けステージに登ってきた。
《お待たせしましたご主人様、どうか手早く俺の中に! 俺を装着するためのキーワードは『わたしアイギス君のお嫁さんになる!』です。さん、はい!》
「わ、『わたしアイギス君のお嫁さんに......』」
「騙されないでくださいエリス様、お前もお前だ、遊んでる場合じゃねーんだよ!」
俺の言葉にアイギスは、残念そうに肩を竦め。
《しょうがないにゃあ......。ではいきますよご主人様! 合・体!》
言葉と同時に、カッと光り輝いた。
あまりの眩しさに、近くにいた俺を含め、司会者や会場中の観客が慌てて目を覆い、再びエリスに目を向けると......!
「ああああ、暑い! 暑いですカズマさん、このままじゃ私蒸し焼きになります!」
鎧に身を包まれたエリスが、小声で悲鳴を上げていた。
しまった、そういや今のコイツは熱持ってるんだった!
アイギスに向け、俺は慌てて右手をかざし。
「『フリーズ』ッッッ!」
《だが魔法は効かなかった》
ああもう、そういやコイツにはスキルや魔法が通じないんだった!
「エリス様が消えた!?」
「エリス様どこに行ったんだ!?」
「まさか、天界に帰っちゃったのか?」
「いや、ステージに上がったあの二人が何かしたんだ!」
閃光と共にエリスが突然消えた様に見えた観客達が、俺とアイギスを指差しながらステージ上に這い上がろうとしている。
「この流れはマズいな......。おいアイギス! 俺が連中の注意を引いてこの場に残って足止めする。お前はエリス様を連れてそのまま逃げろ!」
《任せとけ! あと、頑張るお前にお得情報! やっぱエリス様って良い匂いがするよ!》
コイツどうにかなんないかな。
いや、そのお得情報はちょっと嬉しいけど!
「カ、カズマさん!? 会場の皆さんは殺気だってますし、危ないのでは......!」
アイギスの戯れ言に構っている余裕はないのか、鎧の中からエリスのくぐもった声が聞こえてくる。
そんなエリスに。
「大丈夫、相手は丸腰ですから今の俺には誰も勝てませんよ」
そう、相手が素手ならドレインタッチというスキルがある分俺が有利だ。
俺はステージに登ろうとしている連中に向け、
「お前らこれで頭を冷やせ! 『クリエイト・ウォーター』!」
叫ぶと同時に大量の水を頭からぶっ掛けた!
「ぐあっ!? この野郎!」
「やりやがったな! おい、コイツやっちまえ!」
「アイツ、弱い事で有名なカズマって冒険者だ! やっちまえ!」
水を掛けられた連中が、ステージに這い上がって俺の下に殺到する。
これで注意を引く事には成功した。
鎧の中でエリスが抵抗しているのか、逃げようとしないアイギスに。
「行ってくださいお頭。捕まりそうになった時、頭を逃がすのは下っ端の役目ですよ」
「じょ、助手君......」
後ろ髪を引かれるのか、なおも動こうとしないアイギスに背を向けて。
「それに、今日は祭りの最終日ですよ! 祭りといえば屋台に花火。そして喧嘩は祭りの華だろ!」
俺は拳を握り構えると、
「掛かって来いやあああああ!!」
「助手君ー!」
アイギスに連れ去られたのか、遠ざかるエリスの声を背中に聞きながら、群衆相手に殴り掛かった──!
7
腕を組んで仁王立ちしたダクネスが、俺を見下ろし言ってきた。
「おい黒幕。今回の事に関して、何か申し開きはあるか?」
ミスコン会場で盛大に喧嘩した俺は、あの後警察に捕縛され、留置場に放り込まれた。
しばらくの間頭を冷やせと言われ、祭りの最終日だというのに一人寂しく膝を抱えていたのだが......。
「おい。助けてくれた事には感謝してるけど、この扱いはどういう事だよ」
ダクネスの口利きで解放された俺は、屋敷に着くなり広間中央に正座させられていた。
そんな俺の隣では、同じく正座させられているアクアがゼル帝を抱き、キラキラした目でこちらを見ている。
コイツも何かをやらかした様だ。
なんだろう。アクアの、怒られる仲間が増えたと言いたげなこの目は。
俺と同じくダクネスの口利きで解放されためぐみんも、ソファーの上でぐったりしながら、なんだか呆れた様な表情で俺を見ている。
「それに黒幕って何の事だよ。俺が警察に捕まってる間に何があったのか、ちゃんと説明しろよな」
なんらやましい事など思い至らない俺だが、話の展開によってはいつでもDOGEZAに移行出来るよう、両手を絨毯の上に置いておく。
「まず聞こう。......お前、商店街の会長に祭りの共同開催を持ちかけるとき、こう言ったそうだな。アクシズ教団とエリス教団を煽って対立させれば、それだけで祭りが盛り上がり儲かる、と」
俺は流れるような動作で見事なDOGEZAを敢行した。
そんな俺にダクネスは、止める気配もなくなおも続ける。
「しかもアクアの話だと、最初にエリス感謝祭との共同開催をしようと考えたのは、アクアではなくお前だそうじゃないか。そして商店街の会長いわく、売り子は全員水着にしろだの仮装パレードだのといった、いかがわしい企画の発案者もお前だそうだな。......なあ、アドバイザー殿。これは会長が持ってきた物だ。何でも今回の謝礼だそうだ」
会長がわざわざここまで謝礼を持ってきた際に全てが露見した様だ。
そういえば、俺とダクネスが同じ屋根の下で暮らしている事はほとんどのヤツが知らないんだよな。
どうしよう、皆の視線が凄く冷たい。
バカになった振りとかしたら見逃してくれないだろうか。
「そんなに申しわけなさそうな顔をするなカズマ、まるで私達がお前をいじめている様ではないか。まあ、祭りの売り上げの一部を掠めるなどといった事は、前領主の残した悪しき風習だからな。だからお前は何も悪くない、これを堂々と受け取っていいのだ。......ほら、受け取らなくていいのかアドバイザー殿?」
ダクネスがわざとらしく心配そうな表情を作り、大金の入った袋を俺に見せる。
止めてください、せめて思い切り怒鳴ってくれた方がまだマシです。
「まあ待ってくださいダクネス。私はそちらの事よりも、気になる事があるのです。......カズマ。聞くところによるとあなたは、最近色んな女と仲が良いそうですね。サキュバスのコスプレをしたお姉さんと朝まで飲んでいたとか聞いたのですが。いえ、別にそれが悪いとか言っているのではないのですが。だって、カズマは誰かと付き合っているわけではありませんしね」
めぐみんが更なる爆弾を投下に掛かる。
「お、お前、今回は本当にやりたい放題だな......。いやまあ、私も別に、お前に何か言える立場でもそんな関係でもないからいいのだが。しかし、こないだは私とあれだけ盛り上がっておいて、ちょっとそれはないんじゃないか?」
おっと、ダクネスまで何言ってんだ。
と、それを聞いためぐみんが、バッとダクネスの方を振り向いた。
「おっと、なんだか聞き捨てならない事を言いましたね! 一体いつの間に盛り上がったんですか? なんですか? ちょっと領主から救出されたくらいでお姫様気取りなんですか? 盛り上がったって、一体どこまで盛り上がったのですか? 祭りに乗じて一足飛びに肉体関係を持とうなどとは、とんだ淫売ですね!」
「ちち、違......!? まだ別に、肉体関係を持ったわけでは......!」
「まだって言いましたか? つまり、いずれは肉体関係を持つ予定があるのですねいやらしい!」
めぐみんに摑み掛かられ、悲鳴を上げるダクネスを尻目に。
「なあアクア、今の俺ってちょっとハーレム系主人公みたいじゃないか?」
「この人、怒られて正座させられてるのにどうしてこんなに嬉しそうなのかしら」
と、そんな俺達のやり取りを聞いていたのか、めぐみんからの追撃を躱すためか。
「そ、そうだ、アクア! 次はお前だ! まったく、今回の事はどうするつもりだ!」
髪を乱れさせたダクネスが、慌てながらも言ってきた。
「......ねえダクネス、私と話をしましょうよ。あの仮面悪魔ですら言っていたわ。人というものは会話が成り立つ種族である、って」
そういえばこいつは、一体何をやらかしたのだろう。
「そうだな。話し合うのは大切な事だと私も思う。最初から話し合えば、そもそもこんな騒ぎにはならなかったからな」
俺の隣に正座させられたままゼル帝を膝の上に乗せて抱きかかえ、いつになく理性的な事を言うアクアに対し、ゆっくりと嚙んで含める様にダクネスが答えた。
──詳しく聞けば、こういう事だった。
女神エリスコンテストが行われたあの日。
ここ最近大いに売り上げ調子に乗ったアクシズ教徒は、エリス教団にトドメを刺そうとアクア考案の商売を始めた。
セシリーが言っていた、アクアの秘策というヤツだ。
日本の店は当たると余計な知恵を付けたこのバカは、とんでもない商売に手を出した。
「しかし、よくこんな商売を思い付いたものですね。最初に始めた人は大儲け出来ますねこれは。アクアが考えたにしては良く出来すぎてます」
めぐみんが感心した様に言ってくる。
と、ダクネスがそんな事はどうでもいいとばかりに身を屈め。
「で、このネズミ講とやらは一体どこの誰に教わったんだ? こんな高度な犯罪を、アクア一人で考えつくはずがないだろう?」
と、アクアにズイと顔を近付ける。
アクアはぷいと顔を背け、ある一点を指差した。
俺である。
「お前ふざけんなよ、人のせいにすんなよな! そりゃ確かに昔、まだ借金を抱えてた時、あー借金ちっとも返せねえし、ネズミ講でもやってやろうかなとは言ったよ! 言ったし、やり方も説明したけど!」
「やはりお前か! 今回の件に関しては、お前はどれだけやらかせば気が済むのだ!」
「待てよ、これは俺が発案した商売じゃないぞ! 俺の国で有名な犯罪で......、おいアクア、お前だってこれが犯罪だって分かってただろ! 聞こえないフリしてんじゃねえ!」
そう、このバカはよりにもよって、アクシズ教徒達を使いネズミ講を広めさせたのだ。
地球ほど法整備がされてない異世界なら、ネズミ講もやったもん勝ちだと思ったらしい。
祭りの集客効果も相まって、そのシステムは即座に広がり、たった一日にも拘わらず大いに儲けた。
儲けすぎた。
ダクネスにあっさり見つかるほどに。
大人しく話を聞いていたアクアは、突然バッとダクネスに向けて顔を上げ。
「だってしょうがないじゃない、何とかコンテストにエリスが大人げなく参加したりしちゃったもんだから、あのままじゃエリス教団に盛り返されてたもの! それに、来年からのアクア祭り単独開催のためには大金が......!」
「そんなものが罪を犯す言いわけになるか! 大体元はと言えば、アクアがアクシズ教団の祭りも開催したいなどとワガママを言い出したからで......」
「だってだって、エリスばっかりズルいじゃない! どうして私の祭りがないのよ! どうして私を称えてくれないのよ! 私だって崇めて甘やかしてよ! それに、ネズミ講はまだ犯罪じゃないはずよ!」
「確かに今のところは犯罪ではない。〝今のところは〟な! 新しい詐欺に対して法整備が追い付いていないだけで、こんなものはれっきとした悪行だ!」
どんどんヒートアップしてくる二人を見ながら、俺とめぐみんは顔を見合わせ苦笑する。
「法が追い付いていないのなら、私がやった商売はまだ犯罪行為に当たらないのでした! だから儲けたお金返して! 来年のアクア祭り開催のためのお金返して!!」
「あの金はとっくに被害者に返済している! あまりワガママを言うとめぐみんやカズマの様に前科が付く事になるぞ!」
「ま、待ってください、今回私は頭を冷やせと留置場に勾留されていただけで、まだ前科は付いていません!」
「そ、そうだよ、俺だって注意を受けただけだからな!」
すっかり日も暮れた頃、俺は商業区のとあるパーティー会場にやって来ていた。
「遅いわよカズマ、もう皆始めてるわよ! ほら、こっち来なさいな!」
──後夜祭、とはちょっと違うか。
これは、祭りの最終日に行われる打ち上げみたいなものだ。
商店街が貸し切った会場では、今回の祭りの関係者が集まって宴会が行われていた。
会場内には、商店街の会長や役員達をはじめ、エリス教徒やアクシズ教徒もいる。
俺は先に来ていたアクアの隣に腰を下ろすと。
「おい、あの連中を同じ会場内に一緒にするとか、女神と悪魔を同じ檻に閉じ込めとく様なもんじゃないのか?」
俺の喩えに、嫌そうに顔をしかめたアクアが言った。
「ちょっと黒幕ニート、いくらなんでもエリス教徒の子達を悪魔に喩えるのはかわいそうよ。それに、今はお祭りが終わった後の打ち上げでしょう? ウチの子達は宴会の席で喧嘩なんてしないわよ」
アクシズ教徒を悪魔に喩えたつもりだったのだが、まあそれはいい。
会場内ではアクアの言う通り、アクシズ教徒達はエリス教徒に対して喧嘩も嫌がらせもせず、むしろ率先して酒を注ぎ、楽しげに騒いでいる。
「ひょっとしてお前らって、常に宴会させとけば平和なのか?」
「なんだかバカにされてる気がするけどあながち間違いでもないわね。ちなみにそれは、私にだって言える事よ? 私を大人しくさせときたかったら、毎日高いお酒を持ってきなさいな」
「お前とうとう、自分が厄介事を起こす原因の一つだって認めたな」
会場内には、俺の知る顔があちこちにあった。
セシリーとかいったプリーストが、酒に酔った赤い顔でエリス教徒の女の子に頰ずりしたり、商店街の一員として参加しているのか、なぜかゆんゆんを連れたバニルがウィズと共に飲み食いしていたり。
そして......。
「ダクネス、ほら飲んで飲んで! めぐみんも!」
「お前は酒の席になるとどうしてそんなにテンションが高くなるのだ、こ、こらっ、分かったからめぐみんにまで酒を勧めるな! めぐみんの分は私が飲むから!」
「ダクネス、私はもう子供ではないのですから、こんな時ぐらいお酒を飲ませてくださいよ! 結婚だって出来る歳なのですから! あっ、遅いですよカズマ、カズマも何とか言ってやってください! 私はカズマとは二つ違いなのですから、そんなに差はない筈です!」
赤い顔をしてダクネスやめぐみんに絡むクリスがいた。
女神ってのは皆宴会好きなのだろうか。
「お前に酒はまだ早いだろ。それに、めぐみんと俺の年の差は、また三つ離れになったぞ。何を隠そう、今日は俺の誕生日だからな!」
そう、今日はこの世界に来て初めての誕生日だ。
自分から誕生日だと明かすのはちょっと情けないが、どうせなら皆にも祝って欲しい。
俺は淡い期待を込めてアクアを見ると、
「ふーん。おめでとう? それじゃあカズマ、何かプレゼントちょうだい」
さっそく、そんな祝いの言葉を......。
「......プレゼント? えっ、何言ってんの? なんで俺がお前にプレゼントやんなきゃなんないの?」
俺が疑問の言葉を返すと、アクアはやれやれと首を振り。
「そういえばカズマは、この国の風習を知らないあんぽんたんだったわね。いいわ、教えてあげる。この国ではね、誕生日を迎えた人は、皆のおかげで無事に一年を過ごせましたって感謝を込めて、お世話になった人達にプレゼントを贈るのよ」
マジかよ、この世界はどこまでクソなんだ。
でもまあ、モンスターがいて平均寿命も短そうなこの世界じゃ、そういった風習も......。
「ありませんよそんな風習。カズマ、誕生日おめでとうございます。帰ったら、何か素敵な物をあげましょう」
めぐみんが言うと同時に俺はアクアに摑み掛かった。
「テメー分かり難い噓吐きやがって、誕生日も定かじゃない年齢不詳のババアが! お前、誕生日と年齢言ってみろ、コラッ!」
「わああああああ! カズマがまた言っちゃいけない事言った! あんた本当に罰当ててやるからね!」
アクアと首を絞め合っていると、ハンカチ越しにグラスを持ったダクネスが、
「カズマ、誕生日おめでとう。私も、家に帰ったら何かプレゼントしてやろう。すまんな、知っていれば事前に用意もしておいたのだが」
「おっ、ありがとうな。そうだな、俺も事前に言っとくべきだったな。めぐみんの誕生日は知らない間に過ぎてたし、次はちゃんと祝おうぜ。そういやダクネスの誕生日はいつなんだ? 仮にも貴族なんだ、きっとデカいパーティーやるんだろ?」
と、俺が問い掛けると急に挙動がおかしくなった。
「えっ。わ、私の誕生日か? ......ま、まあ、それは、その......」
目を泳がせるダクネスに対し、クリスが何でもなさそうな口調で言った。
「ダクネスの誕生日ならもうとっくに過ぎたじゃん。春くらいにでっかい誕生日パーティーがあったでしょ? そういや助手君や皆は、どうして来なかったの?」
それを聞いたダクネスがビクッと震え、俺は途端にピンときた。
「お前、俺達が来るとロクな事にならないって、わざとパーティーに呼ばなかったな! 他の貴族を相手になんかやらかすと思ったんだろ!」
「そうなの!? 酷い! そういえばダクネスってば、あのアイリスって子から私達が表彰される時も辞退を勧めてたわよね!」
「とっちめましょう! この勘違いしたお嬢様を、今日は皆でとっちめてやりましょう!」
アクアとめぐみんにもみくちゃにされ涙目になるダクネスを見ていると、同じくそれを苦笑しながら眺めていたクリスが、席を外そうとばかりにくいくいと袖を引っ張ってきた。
「──本当に、大変な事になっちゃったね。......まったく、ダクネスから聞いたよ? キミが元凶だったんだって?」
会場を抜け出してその辺をぶらぶらと歩き、酒で火照った顔を夜風に当たって冷ましていると、クリスがちょっとだけ拗ねた様に、ふとそんな事を言ってきた。
エリス自身に自分のコンテストに出場してもらったあの後。
女神が降臨した事は大事件だったらしく、魔法に伝書鳩に早馬など、ありとあらゆる手段を用いて、周囲の街や王都などに大々的に広められている。
商店街の会長に聞いた話では、ここアクセルは今後女神が降臨した街として、エリス教徒達の聖地の様な扱いになるのではとの事だ。
「そ、その件に関してはすいません、今後も神器探しに協力するので勘弁してください......。でも商店街の役員達が言ってたよ。こんな事があった以上、女神エリス感謝祭は死んでも続けなきゃいけない、ってさ」
それを聞いたクリスは満更でもなさそうにはにかんだ。
「そっか......。それじゃあ今回は、あの時ステージ上でアイギスと一緒にあたしを助けてくれた事にも免じて許してあげよう!」
「ありがとうございます女神様、感謝します!」
俺達はそんな事をお互いにからかい口調で言い合いながら、まだ祭りの熱気が残る街中をぶらぶら歩く。
あの後、ミスコン会場から無事脱出したアイギスは、今では大人しくクリスの言う事を聞いているそうだ。
近くアイギスの持ち主を探し、魔王軍に対する切り札の一つとして与えるらしい。
アイギスの希望はソードマスターのご主人様らしく、極力その願いを叶えてあげたいとの事だ。
これでようやく、今回の神器探しもエリス教団とアクシズ教団の諍いも丸く収まったと言えるだろう。
しかし改めて思うが、やはり本物の女神様の影響は凄まじいな。
なにせ、こうして歩いているだけでも......。
「はあ......。まだこの街のどこかにいないかな、エリス様。初めてその絵姿を見た時から、ずっと俺の憧れだったんだよ......」
「まだいたとしても、邪な心を持つお前の前には現れてくれないよ。俺みたいな敬虔なエリス教徒の前にこそ、いつか姿を見せてくれたりして」
「お前だって邪だろ? 彼女との結婚資金に手を付けてテレポートサービスを使ってまで、慌ててこの街に来たんだから」
「バカ、俺はエリス様に結婚を祝福してもらうために来たんだよ、彼女の許可だってもらってんだからな?」
と、二人組の男がさっそくエリスの話題で盛り上がっていた。
俺は、そんな二人とすれ違うと。
「......だそうですよエリス様、祝福してあげなくていいんですか?」
「あたしはエリス様じゃなくクリス様だからね助手君。今のあたしに出来る事といえば、キミん家からお宝を盗んであの人が使い込んだ結婚資金を補塡してあげる事だけだよ」
そんなやり取りを交わした後、俺達はどちらともなく笑い出した。
と、急に足を止めて笑い出したせいかクリスが背後からぶつかられる。
ぶつかってきたのは小さな姉妹で、二人とも手に綺麗な花を持っていた。
「ご、ごめんなさい!」
「ごめんなさいっ!」
姉妹達がクリスに慌てて謝ると、
「こっちこそごめんね、急に止まっちゃって! 大丈夫? 転んでないよね?」
そう言って、クリスもまた頭を下げた。
姉妹のうち妹らしき子が持っていた花が、地面に落ちてしまっている。
クリスはそれを慌てて拾い、
「ご、ごめんね! せっかくのクリスを落としちゃって!」
そう言って、紫色の花をその子に手渡す。
「クリス? ......ひょっとしてその花の名前の事?」
俺はクリスが女の子に返した花を見て、何となく呟いた。
「そうだよ。この花の名前はクリス。花言葉は諦めない心なんだってさ」
クリスの言葉に、姉と思われる子の方が感心しながら、
「へえー。ねえ、そのほっぺたの傷ってどうしたの? 傷があるって事は冒険者なの? 冒険者は荒くれ者だって父さんが言ってたけど、荒くれ者なのになんでお花に詳しいの?」
そんな、子供特有の質問攻めでクリスを困らせた。
クリスは頰の傷を搔きながら。
「えっと......。この傷は、魔王軍の悪いやつと戦った時に付いちゃってね。それと確かに冒険者だけど、冒険者にも荒くれ者じゃない人もいるのさ。そこのお兄ちゃんみたいにね」
そう言って、こちらを見ながらくすくす笑う。
「それに詳しいのは、その花だけだからね。ほら、この花とあたしの目の色が同じでしょ? あたし、このクリスの花が大好きなんだ」
クリスは身を屈めると、二人の女の子と目線を合わせ、花に顔を寄せて香りを嗅いだ。
「そうなんだ。このお花はエリス様にお供えするんだよ。お姉ちゃんとお小遣いを合わせて、二人で買って来たんだ」
「うん、エリス様もこのお花が好きなんだって!」
「へえ......。凄いね、よくエリス様の好みなんて知ってるね! でもエリス様は、キミ達みたいな小さな子に大事なお小遣いを使ってまでお供え物をされると、嬉しい事は嬉しいけどきっと困っちゃうと思うな。だから、今回きりにした方がきっとエリス様も喜ぶよ」
クリスは困った様にそう言いながら、二人の頭を優しく撫でる。
「そっか......。でも私達、エリス様にお礼が言いたかったから」
「......お礼?」
首を傾げるクリスに対し、
「うん、お礼。お母さんが言ってたよ。皆が平和に暮らせるのは、悪い魔王に対抗出来る様にって、エリス様が色んな力を授けてくれるからだって」
「あと、皆が知らないところでエリス様が頑張ってくれてるからだって。だからエリス様にお礼を言って、応援するの」
それを聞いたクリスは。
「そ、そっか......。えっと、これからはお供えなんかしなくても、その気持ちだけでエリス様は喜ぶよ。キミ達の方こそ、応援してくれてありがとう、って」
そう言って、ちょっとだけ困った様に。
そして何だか救われた表情で、恥ずかしそうに頰を搔いた。
そんなクリスを見ていた妹の方が。
「......そういえば、目の色と髪の色がエリス様みたいだね」
子供ってのは意外に鋭いな。
姉の方も、ちょっと慌てるクリスの髪色をジッと見る。
......別に、クリスの正体に気付いたわけではないのだろう。
それは子供特有の、ほんの気まぐれだったのだと思う。
その女の子は何を思ったのか、手にした花をスッとクリスに差し出した。
「お供えする花は妹の分があるから、これあげる。冒険者さん、いつもモンスターから守ってくれてありがとう!」
「ありがとう!」
そう言って、クリスに花を押し付け笑顔を見せる二人の少女。
「あ、あはは、や、やー、参ったなあ。こ、こっちこそ、ありがとう......!」
少女から不意討ちのプレゼントをもらったクリスは、顔を真っ赤にしながらも、目の端にちょっとだけ涙を溜めて照れた笑いを何とか返す。
それを見た二人の少女は笑みを浮かべて駆け出した。
「じゃあ、またねお兄ちゃん! バイバーイ!」
「バイバーイ!」
「あれっ!? ねえちょっと待って! あたしお兄ちゃんじゃなくてお姉ちゃんだからっ!」
別れ際にもう一度不意討ちを食らったクリスは、今度は違う意味で涙目になりながら少女に叫ぶ。
「なあ。もしかして、クリスって名前の由来は......」
クリスはもらった花に顔を近付け、目を閉じてその香りを嗅ぎながら。
「うん、この花から取ったんだ」
そう言って、幸せそうに二人の少女の背中を見送った。
「......エリスだからクリスっていう、一文字だけ適当に変えた安易な名前じゃなかったんですね」
「キミってあたしをどんな目で見てるのさ」
手にした花に鼻先をくっつけながら、クリスがじとっと睨んでくる。
「そりゃあ......。たった一人で人知れず、陰でずっと頑張り続けてきた、俺が唯一尊敬出来る人だって思ってますよ」
「......そ、そう。そっか、まあうん、それならいいや」
フイッと顔を背けると、クリスは会場に帰ろうと足を速める。
「おっと、照れてるんですか? 照れてるんですよねお頭」
「うるさいよ、うるさいよ助手君、ちょっとだけ黙ろうか」
「顔を背けていても分かりますよ、耳とか真っ赤じゃないですか。やっぱエリス様は可愛いですね、俺と結婚しませんか?」
「うるさいですよ、うるさいですよカズマさん。それ以上女神をからかうと天罰を与えますよ。それと軽々しくそんな事言わないでください、後でダクネスとめぐみんさんに、カズマさんから求婚されたと告げ口してあげますからね」
こちらを一切向かないままで、早足になるクリス。
そんなクリスは、なおも俺の方は向かないままで顔を赤くしたまま不機嫌そうに。
「ねえ助手君」
「なんです?」
スタスタと歩きながら、それがまるで大切な宝物の様に、貰った花を抱き締めながら。
「......色々と、ありがとう」
小さな信者達の言葉で日々の努力が報われた女神様は、小さな声ながらも色んな想いが詰まった言葉を呟いた。
そんな、やっぱりどこか憎めなく、からかいがいのある友人を追い掛けながら。
迷惑で、それでいて騒がしい祭りが終わった事を、ほんの少しだけ寂しく思った──
祭りが終わり、街もすっかり落ち着いたある日の事。
広間のソファーに寝転がり、存在感のある抜け殻に抱かれた黄色い毛玉を突き回していると、アクアが嬉々として言ってきた。
「ねえカズマ、セシリーから感謝状を貰ってきたわよ。『この度、無事アクシズ教団アクセル支部の教会が立派な物になりました。しかも来年からのお祭りも、エリス教会からの計らいで、無事共同開催して頂ける様です。それもこれも、多額の寄付金を納めてくれたサトウさんのおかげです。よってここに、あなたを勝手に名誉アクシズ教徒に認定を』」
「おらあああああ!」
「わああああああーっ!」
アクアが読み上げていた感謝状を、俺は問答無用で破り捨てた。
「酷い酷い! ウチの教団の子が一生懸命作った感謝状の、一体何が気に入らなくてこんな事するのよスカポンニート!」
「一から十まで気に入らねーよ! 何で俺がお前の信者になんなきゃならねーんだ! 完全に罰ゲームじゃねーか!」
俺は結局、アドバイザーとして稼いだ報酬はアクアに渡した。
なんというか、アクアはクーロンズヒュドラ戦で得た金はおろか、コツコツ貯めた金すらも祭りの開催資金に回したと聞き、さすがに罪悪感でいたたまれなくなったのだ。
あのぼろっちい教会の建て直しにも協力し、これで今回の黒幕の件はチャラという事にしてもらおうと思ったのだが......。
「ふふん、カズマったらツンデレね。これもツンデレの裏返しってやつなのね? セシリーが言ってたわ。カズマさんはツンデレ成分多めだから、嫌いって言われたらその裏返しだと思ってください、って」
「俺、あの女とお前が嫌い」
「......どうしてかしら、ちっともツンデレみたいな可愛げを感じないんですけど」
アクアは俺の向かいに腰掛けると、そういえばと呟き首を傾げる。
「ねえカズマ、ちょっと聞きたかったんだけど。エリスがミスコンに現れたって聞いたんだけど、その後どこに行ったか知らない? あの子ったら、せっかく地上に来たクセに私に挨拶もしないのよ。ここは先輩としてビシッと言っとかないとね」
コイツはあれだけエリスに迷惑を掛けておきながら先輩風を吹かせられるのは、ある意味凄いなと感心しつつ、俺はソファーから身を起こすと、バニルの抜け殻にくっついているゼル帝をつまみ上げた。
全てが片づいたと思ったけど、コイツの処遇が残っていた。
魔力だけは多いらしいこのひよこを、どうにか上手く使えないものか。
「ちょっと、ゼル帝をそんな風にぞんざいに扱ってると今に大変な目に遭わされるわよ? ゼル帝が大きくなってカズマに襲い掛かっても、私は止めてあげないからね」
「よし、じゃあ大きくない今のうちに仕留めてやろう」
「......大丈夫よ、ゼル帝は大らかで優しい子だからそんなに怖がらなくてもいいわ。......ほらゼル帝、こっちに来なさい。その人は三丁目の肉屋のおじさんと同じくらいに怖い人だから気を付けなさいね」
肉屋のおじさんって誰だ。
ゼル帝を存在感のある抜け殻に戻し、何をするでもなくゴロゴロと寝転んでいると。
「ふう......、ようやく仕事が終わった......。エリス様が降臨なされたのはありがたい事なのだが、こうも急に人が増えるとどうにもならんな......」
今まで領主代行の仕事に行っていたらしいダクネスが、こめかみを揉みながら帰ってきた。
「お疲れさん。領主の仕事も大変そうだなあ。エリス様降臨事件のおかげで色んな街から旅行客が増えたからな。でもまあ、景気も良くなったしいいじゃないか」
「人が増えるのは喜ばしいのだがな......。まあ、この祭りの間に父もすっかり回復した。煩わしい領主の仕事も今日で終わりだ、これからは気兼ねなくクエストに出られるぞ」
そう言って、憑き物が落ちたかの様な表情をするダクネスに。
「えっ? 何言ってんのお前、俺はもう今度こそ働かないよ? いよいよ働く理由がなくなったからな。俺の料理スキルを活かして、可愛い店員ばっか集めた飲食店を趣味と実益を兼ねて開いてみてもいいかなって思ってるけど、もうクエストなんかには行かないよ。なあ、アクア?」
「そうね。しばらくはゼル帝の教育があるし私も遠慮したいところね。カズマからもらったお金は教会の建て直しとか来年のお祭り資金とか飲み会のお金に使っちゃったけど、これからはカズマのお金で楽ちんに遊んで暮らすの。私も危険なクエストになんて行かないわ。ええ、ずっと屋敷でゴロゴロして、年に一度、お祭りで崇めてもらう生活を送るのよ」
俺の言葉にアクアも賛同を......、
「......おい待てよ、何で俺がお前まで養わなきゃいけないんだよ、食事代くらいは考えてもいいけど、自分の小遣いは自分で稼げよな。......あとお前、俺が渡した金、もう全部使っちゃったのか?」
「使っちゃったわ。でもお小遣いの心配なら大丈夫よ、私には第二第三の新たな儲け話の考えがあるの」
......。
「祭りの時はあれだけ張り切っていたクセに、お前らときたら......。というかアクア、それは一体どの様な商売なのだ。やる前には必ず私に言うのだぞ」
「嫌」
............やがて始まったダクネスの説教を、アクアは耳を塞いで受け流す。
そんな二人を眺めながらゼル帝を手の平の上で撫で回していると、二階にいたらしいめぐみんが、ワンピース姿で下りてきた。
いつものごとく騒いでいる二人を見て一瞬だけ楽しそうに微笑んだめぐみんは、俺の隣に腰掛けてくる。
「せっかくのお祭りが、これといった楽しいイベントもなく、何だかバタバタしたまま終わってしまいましたね。まあ、私達らしいといえばらしいのですが」
「本当だよ。お祭りって言ったら、もっと浮かれて騒いで楽しくて、ムードだってあるもんだろ。何が悲しくて花火大会でモンスターと戦ったりしなきゃなんないんだよ。もうちょっとだけ延長して欲しいな。せめてまともな花火大会の開催を希望したい」
花火大会でちょっとだけ良い雰囲気になりそうだった事を思い出した俺は、不満をあらわに軽口を叩く。
そんな俺に、めぐみんはくすくす笑い。
「......そういえば。カズマは誕生日を迎えたんでしたね。誕生日プレゼントをあげないといけませんね」
「そんなもん気にしなくてもいいのに。でも、何を貰えるのかは気になるかな。アクアみたいに、変な形の石だとか言わないよな?」
からかう様に言う俺に、めぐみんはふと俺の耳元に顔を寄せて囁いた。
「今晩私の部屋に来ませんか? そこで大切な話があります」
あとがき
ひじをアゴの先にくっつけられる小説書き、暁なつめです。
この度は八巻をお買い上げ頂きありがとうございます!
たまには息抜き巻という事で、八巻はバタバタ感が強い、緩い仕様となっております。
ようやく王道ハーレムライトノベルっぽくなってきたとワクワクされた方は、この作品ですから過度な期待はしないでくださいとだけ言っておきます。
モテ期絶頂の主人公がある日突然メテオで消し飛び、次の巻からは主人公最強ハーレム小説、『魔剣の勇者ミツラギ』もしくは、『最強悪魔伝説バニルミルド』が始まるかもしれませんのであしからず。
最強悪魔伝説ではありませんが、ザ・スニーカーWEBさんの方でスピンオフ作品、『この仮面の悪魔に相談を!』が載っておりますので、よろしければお楽しみくださいませ。
──先日、アニメの収録現場を冷やかし......見学に行きました。
収録現場では、思わず勝手にいじくり回したくなるような機材があちこちにありソワソワしっ放しでしたが、一応邪魔にならない様に大人しく出来たかと思います。
というか収録現場が凄い、超凄い。
これ声優さんで遊んでるよねと思わせるくらいの無茶振り指示が出来る人達が凄い。
そして無茶振り指示に戸惑いながらもちゃんと対応出来る声優さん達も凄い。
有名声優さんに何でこんな役をやらせてんだという無駄遣い感も凄い。
というわけで、既に発表されたキャストの方々以外にも色んな方が参加していますのでお楽しみに!
そして、アニメ化を記念してサイン会をやるそうです。
字も汚く人に会うのが苦手なもので、死んだふりをするか田舎に逃げるしかないと思いましたが、『ここまで応援してくださった読者様のためにも』という殺し文句を言われてしまったので現在せっせとサインを練習中です。
──では今巻も、三嶋くろね先生、担当Sさんを始め、様々な関係者の方々のおかげで無事出させて頂けました事を感謝しつつ。
そして何より、この本を手に取ってくれた全ての読者の皆様に、深く感謝を!
暁 なつめ
『漢のロマンを叶えるために』
ウィズの魔道具店の居住スペース。
「あ、あの、アクア様......。抱きつかれていると仕事がしにくいのですが......」
そこでは小さな机で作業中のウィズが、アクアに後ろからしがみつかれていた。
「あんたってヒンヤリしてるから抱き心地良いのよ。どうせこれだけお客さんが来ないんだし、お店に居なくたって大丈夫でしょ? 夏の間だけ私の部屋に泊まりに来なさいな」
「そ、そんな事言われましても......」
今日は猛暑というほどでもないが、それでも昼過ぎのこの時間帯の暑さは耐え難いものがある。
そんな日には、リッチーであるウィズの冷たさが手放せない様だ。
「お前が触るとウィズが浄化されちゃうんじゃないのか? 仕事の邪魔してないで、いい加減離してやれよ」
「そこら辺は大丈夫よ、私の神オーラが漏れない様に気を付けてるから。思考を穢らわしい事で一杯にすれば、自ずと浄化能力は弱まるの」
「......お前、昼間から何考えてるんだよいやらしい」
「......カズマさんの日頃の行いを思い出していただけなんですけど」
と、俺とアクアが言い合っていると、作業を続けていたウィズが顔を上げた。
「出来ました!」
そう言って、手にしていた物を俺に見せてくれる。
「さっきから気になってたんだけど、それって何を作ってたんだ?」
俺の問いに、ウィズはよくぞ聞いてくれたとばかりに喜色を浮かべ。
「これは新開発の魔道具です! 自分で言うのも何ですが、これはデメリットもなく大変使い勝手の良い物なんですよ! 回数制限は決まっているものの、これさえあれば誰にでも簡単な回復魔法が使える様になるという......」
それまでウィズの背中にピタリと張り付いていたアクアが、説明を遮って魔道具に無言で拳を落とした。
「あああああっ!? 何するんですかアクア様、せっかく作ったのに!」
ウィズが泣き声を上げるものの、再び背中にしがみつき、無言の抗議を続けるアクア。
誰にでも回復魔法が使える様になるというのが気に食わなかったらしい。
魔道具の残骸を手に、さめざめと泣くウィズに俺は、
「悪かったなウィズ、その魔道具の開発に掛かった金や商品代はコイツに必ず弁償させるから。......こらっ、急に寝たふりしてんじゃねーよ!」
弁償の言葉に慌てて目を閉じ、ウィズの背中にピタリと顔を伏せるアクア。
「そ、それなら赤字になる事はなさそうですし、今月も何とかやっていけそうです......」
ホッとした表情を浮かべるウィズに、俺は魔道具の残骸を眺めながら。
「しかし、ウィズって高名な魔法使いなんだよな? もうちょっとこう、簡単に金を稼げそうなものなんだけどな。これだって普通の魔法使いにはそうそう作れない物なんだろ?」
「そうですね、魔道具の作成には膨大な魔力が必要になりますので、この魔道具にしても、紅魔族の職人さんくらいにしか作れないと思います」
前々から聞いてはいたが、やっぱりウィズは優秀なんだな。
と、俺はふと思いつき、何となくダメ元で尋ねてみた。
「たとえばだけど、魔力で動く人形なんて作れないよな? 昔バニルが作ってた様な攻撃的で怪しげなヤツじゃなくて、もっとこう、美少女型の人形っていうか」
「作れますよ? 簡単な家事くらいは出来て、見た目は人と変わらないレベルの物が」
......。
「それを売れよ!!」
「ええっ!? い、いえ、作れはしますけど、凄く高価な物になりますよ?」
「そんな事は些細な問題だ! 売れるから! 絶対に売れるから! 特に、俺みたいな変わった名前の連中には絶対に売れるから!」
まさかの自律型アンドロイドの可能性に、俺は興奮を押さえきれないでいた。
「売れますか? その、ゴーレムを作るかメイドさんを雇った方が絶対に安上がりだと思うんですが......」
メイドさんというのはさておいても、美少女型ロボットというのは男のロマンだ。
俺と同じ価値観を持つ日本人は多いはず。
「言葉を喋れるようになればパーフェクトだが、自分で動いて家事をしてくれる美少女型人形ってだけでも十分だ。売れる、これは間違いなく売れる!」
「簡単な言葉くらいなら喋れる様に出来ますが......」
「パーフェクト!」
俺は思わず叫んでいた。
ハイテンションな俺の姿に、若干引き気味のウィズが申し訳なさそうに言ってくる。
「いえ、本当に簡単な受け答えくらいで......! 精々、『了解しましたご主人様』とか『お帰りなさいませご主人様』くらいしか......」
「買うわ。即金で買う。今すぐその人形作りに取り掛かって欲しい。いいかウィズ、俺を信じろ。これは時代を変える物になる」
即答した俺に、ウィズは驚きの表情で。
「は......、はいっ! 頑張ります! 私、何だか燃えてきました!」
「その意気だ! 俺も出来る限り協力するから!」
と、盛り上がる俺に向け、ウィズが目を潤ませて熱っぽい表情で。
「では、さっそく協力して欲しい事があるんですけど......」
そんな、意味深な事を俺に......。
......いや、何かウィズの背中が光ってないか?
「先ほどから背中が熱くて、このままじゃ本当に燃え尽きそうで......。アクア様をどうにかして頂ければと痛いですアクア様、熱いです、起きてくださいアクア様!」
「おいアクア、起きろ! このバカ何光ってんだ、おい起きろって! ウィズがえらい事になってる、お前ほんとに寝てんじゃねえよ!!」
──ちなみに期待の美少女型人形は、半日動かすだけで爆裂魔法一回分の魔力が必要なガラクタだった。
カバー・口絵・本文イラスト/三嶋くろね
カバー・口絵・本文デザイン/百足屋ユウコ+ナカムラナナフシ(ムシカゴグラフィクス)
この素晴らしい世界に祝福を! 8
アクシズ教団VSエリス教団
【電子特別版】
暁 なつめ
平成27年12月28日 発行
(C) 2016 Natsume Akatsuki, Kurone Mishima
本電子書籍は下記にもとづいて制作しました
角川スニーカー文庫『この素晴らしい世界に祝福を!8 アクシズ教団VSエリス教団』
平成28年1月1日初版発行
発行者 三坂泰二
発 行 株式会社KADOKAWA
〒102-8177 東京都千代田区富士見2-13-3
03-3238-8521(カスタマーサポート)
http://www.kadokawa.co.jp/